03年に米軍がフセイン体制を倒すと、これまでの矛盾が一気に噴出した。長きにわたり、人口の約20%~25%のスンニ派アラブ人を中心とする勢力が、約55%~60%を占めるシーア派アラブ人や約15%~20%のクルド人などを支配してきたが、イラク戦争後、シーア派は人口比に見合った権力を要求した。
問題をより深刻にしたのは、イラクのシーア派指導者の多くがフセイン政権の最中にイランへ亡命しており、結果的にイラクのシーア派の中に有力な親イラン勢力が形成されたことだ。さらに、以前から分離独立を強く志向していたクルド人勢力は、ますますその傾向を強めたため、国家としての統一が危うくなったばかりでなく、フセイン政権残党の武力闘争もあり、むしろ戦後になってイラクは混迷を深めた。その混乱に乗じてISがイラクとシリアの一部を占領する事態となり、再び米軍が軍事介入せざるを得なくなった。
高まるイランの影響
まず、問題なのは、この記事も指摘しているが、今回の米軍の撤退は、イラクのこれらの諸問題、特にISの問題が片付かないうちに戦争疲れという米国の都合でイラクから撤退したことだ。ISが、このチャンスに息を吹き返す可能性に対する懸念も小さくない。
さらに、イラクの政治、経済、民兵に深く根を張っているイランの影響力だ。これもこの記事が指摘しているが、9月10日にサウジアラビアの東西パイプラインを破壊したミサイルは、イラクから発射されているが、この攻撃がイランとは無関係とは言えないだろう。
こうしてこの記事の結論の通り、「イラクが外部勢力の干渉と国内の武装勢力を抑え、実効的な主権と安定を確立できるかは、なお不確かである」。
