再利用の条件や利用停止を求められる場合を定めるとともに、断ることで仕事や人間関係で不利益を受けないようにもしていかなければならない。契約書に同意の署名があっても、そうした不利益への不安から受け入れざるを得なかったのであれば、本人の意思が尊重されたとはいい難い。
また、利益と負担の配分の問題も避けては通れない。声を育て評価を築いてきた人への十分な還元がないまま、その魅力を利用した生成物が大量に流通すれば、創作を支える条件が損なわれかねない。
誰が制作費の節約や流通によって利益を得て、誰が収入の減少や被害への対応を引き受けるのか。生成AIのサービスや配信の仕組みまで視野に入れ、声を仕事にする人については、利用・再利用に応じた報酬、利用状況の開示、共同で交渉できる仕組みを整える必要がある。
一方、声を仕事にしていなくても、偽の発言によって信頼や人間関係が傷つき、釈明や被害への対応に時間を奪われることがある。無断利用を探し、一件ずつ異議を申し立てる負担や、誤解を解くための対応も、本人だけに負わせるべきではない。
まだ世に知られていない声が育つ環境にも目を向けたい。演者は、小さな仕事で失敗し、助言を受け、試行錯誤を重ねながら自分の表現を見つけていく。制作費の節約を優先して、その機会まで置き換えてしまえば、次の世代の声はどこで育つのだろうか。
利益の一部を演者の育成や学びの場に還元することも、一つの方法だろう。ただし、それを本人の同意や個々の利用への報酬の代わりにしてはならない。現在の演者の仕事と生活を支えながら、将来の表現が生まれる機会を育てていくことが求められる。
責任の所在は?
責任を担う仕組みも整えなければならない。生成AIによる声の利用では、最後に音声を投稿した人だけを見ても、いかにして問題が生じたかを十分に捉えられない。
録音を素材として集める人や組織があり、音声を生成するサービスがあり、それを使って制作する人がいる。さらに、投稿を推薦して広め、収益につなげるプラットフォームがある。こうした関わりの中で声が流通する以上、どこに責任が生じるかを考える必要がある。
例えば、本人の了承を得ていない合成音声が広告に使われた場合や、本人が他者を中傷したかのような音声が広められた場合を考えよう。音声を作った側が「そのようなサービスがあったので使った」と言い、サービス提供者が「使い方は利用者の責任だ」と言い、配信側が「投稿の場を提供しただけだ」と言えば、本人の訴えを引き受ける者がいなくなる。
一方で、何も知らされず何の権限もなかった担当者一人に、すべてを負わせることも適切ではない。責任が消えてしまうことと、弱い立場の人に押しつけられることの両方を防がなければならない。
