2026年10月28日(水)

プーチンのロシア

2026年10月28日

 この揺さぶりに対して、日本政府は、欧米諸国と連動する形で、10月2日に新しい対露制裁措置(「影の船団」35隻の船舶に対するサービス・取引規制、軍事関連の42の個人・団体への資産凍結等)を発表した。これに反発したロシア政府は、10月6日、日本側が利害を持つ分野への相応の対抗措置をとるとして、日本に対する報復を示唆していた。

ロシア社会の疲弊

 報道によれば、日本人記者は、ウクライナ戦争における動員や志願兵の実態に関して、サハリンにおいてジャーナリトとしての通常の取材を行っていた。

 今年前半に毎日1000~1300人の戦死傷者を出していたロシア軍は、地上戦での苦戦が伝えられ始めた夏以降は、損害がどんどん増えて、最近では2000人を超える日も珍しくなく、動員や志願による兵員の補充に苦労しているとウクライナ政府関係者は分析している。開戦以来、極東やシベリアの経済的に困窮している地域において、様々な金銭的補償やインセンティブによって志願兵が集められてきたことはよく知られているが、長引く侵略戦争で、ロシア社会にも疲弊感が募ってきていると言われている。

 したがって、日本のメディアとして唯一サハリンに記者を常駐させている北海道新聞の日本人記者の現地取材は、この戦争におけるロシアの苦境や社会の疲弊を客観的にあぶり出すものであり、通常の取材であってもロシア当局の注意をひいたものと思われる。ロシア側が同記者の容疑として、日本の情報機関からの指示で行動していたと主張していることと合わせて考えると、日本人記者の通常の取材は、ロシア側の「痛い」ところをまさに突いたことは想像に難くない。

ロシア側の思惑

 日本人記者の逮捕・拘束の一部始終はロシア側によって撮影され、公開されている。反日プロパガンダに利用されていることからも、ロシア側当局が何らかの意図をもって、当初から用意周到に準備した「事件」であることは明らかである。

 ウクライナ戦争開始後に起きた類似の事件としては、23年3月、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙の記者エバン・ゲルシコビッチ氏がロシア中部のエカテリンブルグで取材中に、軍事関連工場の情報を収集したスパイ容疑でFSBに逮捕・拘束されたのが有名である。米政府やWSJ紙は、事件を「でっちあげ」であるとして全面的に否認し、ゲルシコビッチ記者の即時釈放を求め続けた。

 その後、ゲルシコビッチ記者は、24年7月、非公開の裁判で懲役16年の有罪判決を言い渡されたが、翌8月、西側諸国とロシアの間で大規模な身柄交換交渉が成立した結果、同記者は、約1年4カ月の拘束を経て釈放されて帰国した。

 これ以外にも、過去における類似の事件の顛末に照らせば、今後ロシア側は、日本人記者に関しても釈放のために何らかの「取引」を日本に対して持ち掛けてくる。あるいは、日本側から「取引」を言い出すのを待つことが十分に予想される。

 あり得るべき取引の中身が、一部識者が指摘しているように、日本または友好国で拘束されているロシア人との「交換」であるのか、日本による対露制裁の緩和やウクライナ支援の停止なのか、現時点で判断できるだけの材料はない。そもそもロシア側も「取引」の中身をいまだ決めていない可能性も十分にある。


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