勢力均衡と同盟のリスク
力を合わせて共通の敵に立ち向かうというのが同盟の本質だ。共通の脅威や共通の利益が国同士を結び付けるのである。古代中国における大国・秦に対して六国が「合従」したことは同盟の一つの例と言えるだろう。
同盟を組むのは小国だけではない。冷戦下では米ソをトップとして東西両陣営が同盟のネットワークを形成し、けん制しあう状況になった。両陣営の「力」が同程度になり、互いに容易に手を出せない状況が生まれ、結果として戦争が起こらない。これが「勢力均衡」(balance of power)である。重要なのは力が均衡していることであり、このバランスが崩れれば相手方に攻撃の誘因を与えてしまうことになる。「力の空白を生じさせてはいけない」というのはこの均衡を維持するということなのだ。
ただ、思い出してほしい。そもそも世界は無秩序で不信に満ちていた。なぜ同盟国のことだけは信じられるのか。もしかしたら助けに来てくれないかもしれない。
こうして同盟には「見捨てられるリスク」がつきものである。また、逆に、自国に影響のないところで同盟国が戦っている場合に、本音を言えば関わりたくないという気持ちがあるだろう。しかし、同盟国の危機に手を差し伸べなければ、自分が危機に陥った時に助けに来てくれないかもしれない。こうして、対岸の火事にもかかわらず、一緒に火の中に飛び込まざるを得ないという「巻き込まれるリスク」も同盟にはつきものである。
これらのリスクを低減させるには、外交的に会談を重ねたり軍事的に共同訓練を行ったりすることによってコミットメントを確認することが重要である。同盟国の軍隊の駐留がコミットメントの現れになる場合もある。国際法上の「自衛権」(self defense)は自助から出てきた考え方であり、同盟国と共に行使する自衛権を集団的自衛権と呼ぶが、条約を結んで「共助」を国際法上の義務にすることも同盟の代表的なスタイルだ。
「挑戦」の意味するところ
勢力均衡のように両陣営の力が拮抗しているという場合でなくても秩序が安定することはある。どの勢力をもってしても勝てない強大な覇権国が現れる場合だ。これを「覇権安定」と呼ぶ。
覇権安定が成立するには覇権国に国際秩序を担う意思と実際にコストを払うこと(「世界の警察官」になる)ことが重要であり、この意思を失った場合には不安定化する。また、当然ながら、覇権国の力が弱くなった時も安定性は損なわれる。新興勢力が大国に挑戦する際に戦争が不可避的に生じてしまうことを「トゥキディデスの罠」と呼ぶが、これは古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが著書『歴史』の中でペロポネソス戦争の原因をアテネの台頭とスパルタがそれに恐怖した点に求めたことに由来するものである。
2022年に日本政府が策定した「国家安全保障戦略 」では、米国の対中観も踏まえた上で、中国の対外的な姿勢や軍事動向のことを「戦略的な挑戦」と評するが、ここでいう「挑戦」とは既存の国際秩序に動揺をもたらす要因という意味であり、強い警戒感を示す言葉として用いられている。
