チャイナ・ウォッチャーの視点

2014年9月18日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

 このような発想の最も代表的なものは、中共機関紙『人民日報』評論員であった馬立誠氏が2002年に発表した「対日新思考」であろう。中共の反日愛国宣伝は現実の日本と合致しないことから、「戦前の歴史に対する日本の反省は既に十分である」と評価を改め、今後は中日両国がプラスの意味で競争し共存する必要性を説いたものであった。この流れに、日本を中国の側に引きつけ米国と一定の距離をとらせることで、中長期的な台湾統一に向けた環境づくりを目指そうとする議論(たとば国際政治学者・時殷弘)が加わり、胡錦濤外交の主流をなすかのような推測がなされたものである。

 しかし現実には、「軍国主義復活の道を歩む日本への抵抗」によって国内の団結を図ろうとする強硬な主張に対して有効に反論できず、やがて日本の国連常任理事国入り反対問題・2005年反日暴動という流れの中で有耶無耶になった。その後中共は、北京五輪・リーマンショックの前後から国力に自信を深めると、それまでの「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)路線を事実上放棄し、あけすけな弱肉強食路線(それがいわゆる「中国夢」である)を全開にした。チベット・新疆問題も、尖閣問題やスプラトリー・パラセルなど海域の問題も、すべてこの路線の発露である。

 執拗に日本の「無反省」「道徳心の欠如」「野心」を叫び、日本の国際的な評価を奈落へと押し下げることで、日本人の間に恐慌状態を引き起こし、中国の「正義の声」に誠意を以て応えるような「日本人民の良知」が満ちるようにする。これこそが、「反省する日本人民と、それを受けいれる度量の大きな中国人民」の関係である。中共の長年にわたる対日「統一戦線」はそのようにして日本の「進歩的」な日中友好派を増やして来たし、党派を超えた日中友好派もそのように応えてきた結果、中国の経済発展に寄与してきた。いまや中日の総合国力が逆転した以上、中国が自己主張を全面的に押し通せば、日本人民の正義の声は、「中国の正しさ」を受け容れるよう日本の実権派に迫るに違いない……対日強硬外交全開のとき、中国はそう考えるのであろう。

戦後日中関係の終焉?

 しかし、最近の日中関係悪化が明らかにしたのは、最早中共のこのような手法が全くうまく行かなくなったという事実である。「言論NPO』が先日明らかにした、中国に好感を持たない日本国民の割合が93%に達したという調査結果は、「正しい中国、反省する日本」という論理によって中国が利益を受ける図式が完全に終わったことを意味する。これこそ、戦後約70年という歴史的段階から別の歴史的段階へと移行しつつあることの表れではなかろうか。

 訪日中国人・知日中国人の当惑の根源の一つは、まさにこの問題である。中国の立場は絶対に正しい。そのやり方で長年中日関係はうまく行ってきた。しかし、そこにいた日本人はどこに行ってしまったのか? しかも、日本は中国との関係悪化で経済的大損失と国際的立場の大失墜に陥るどころか、依然として中韓両国以外からの国際的評価は極めて高く、中国人も日本を訪問すれば拍手を送らざるを得ない。

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