経済的余裕があり教育熱心な親だけではなく、発達障害や自閉症などの問題を抱える子供を持つ親たちも、この検査のニッチなターゲットだ。
「病院に行っても学校に行っても、コミュニケーションが取れない、ルールが守れないと、他の子供より劣った部分の話がいつも中心になります。でも、人よりも凹んだところのある子供だからこそ、突き出たところもあるはず。優れた部分を見つけて伸ばしてやりたいという必死な思いです。遺伝子だけですべてが分かるとは思わないし、努力で変えられることはたくさんあると信じていますが、やれるものは全部やってみたい」(40代の女性)
本当に優れた部分は、遺伝子検査で調べなくてもきちんと見ていれば分かるはずだ。自分の子供には何かの才能があり、個性を生かしてやりたいという思いはどの親も同じだが、検査の結果、子供が夢中になっているお絵かきを取り上げ、ダンスをやらせるのはどうか。「自閉症だが数字には強い」と思っていたのに、数学には向かないという検査結果が出たからどうだというのだろう。遺伝子ではなく本人をしっかり見ることで、長所を見つけてやることが本来の親の役割。子供の遺伝子検査をすること自体がどういう結果をもたらすのか、もう一度よく考えてから利用したい。
この才能遺伝子検査、もともとはオリンピック選手や天才児を発掘するために中国の国家プロジェクトとして開発されたもの。筆者の周りにも、両親が共にオリンピック選手だったため、小さいころに検査を受けさせられた中国人留学生がいる。遺伝子検査の結果、たとえ訓練してもアキレス腱の太さが一流アスリートしての要件を満たすほど発達しないだろうと言われ、スポーツを諦めたという。
難聴でなければ音楽の才能あり?
疑わしい検査の信頼度
実のところ、上海バイオチップは単なる才能遺伝子検査会社ではない。ここは、2001 年、中国政府の9割出資によって設立された遺伝子研究・開発の拠点。4万平米の広大な敷地に従業員500名を抱え、そのうち10名が博士号保持者で8割が大卒者というエリート集団の活躍する国営の超一流企業だ。
「中国は倫理審査が甘く、今や先進国では許されないような研究もやりたい放題の天国」との声もあいまって、多くのグローバル製薬企業も提携して研究開発を進める。中国での新薬や医療器具開発のスピードは、安全性はともかく、海外でも定評がある。
国家プロジェクトとしてのお墨付きを持ち「私たちの遺伝子検査は占いではなく科学」と豪語する上海バイオ。しかし、才能を見るために調べている遺伝子を、学術論文にまで遡って検証してみると、少々おかしなことがあるのに気づく。音楽の才能は「難聴」の遺伝子に、絵画の才能は「色覚異常」の遺伝子に、理解力は「認知症」の遺伝子に基づいてその能力を判定しているなど、検査の方法や信頼度が著しく疑わしい部分があるのだ。