この熱き人々

2014年12月18日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 が、しばらくしてまた行き詰まった。このままインディーズで破壊的なことを続けていってどうなるんだろうと思っていたら部屋が火事になって、一念発起。文化庁新進芸術家の研修員として渡米した。研修費を使いはたし、ホームレスのような放浪の果て、Z級映画のレンタルビデオ屋に入り浸ってどうしようもない映画を毎日見ているうちに、自分の中で消せなかった自意識が完全に消え去ったのだという。

 「日本に帰ったら商業映画をやろう。その時には人に嫌われることをやろう。今までは、どこか好かれようとか評価されたいというものがあった。そういう優等生的なものを根こそぎはぎ取って、野心の全くない無欲な映画を撮らないと本当の輝きにはたどり着けないという心境に達したわけです」

 帰国後に最初に撮ったのが「自殺サークル」。まだ世の中にSNSなどない時代に、ネットでつながる女子高生54人の動機なき集団自殺の残酷映像は、評論家からは悪評ふんぷん。

 「運悪く両親が、やっと商業映画を撮るようになったかと観に来ちゃいまして。とんでもない内容にすごく落ち込んで、お前の映画は二度と観ないと怒って帰っていきました」

 無欲の境地で賞からも自由になったはずの園の作品は、その後もなぜか賞とは無縁にはならない。「愛のむきだし」「恋の罪」の海外での高い評価に加えて、埼玉愛犬家連続殺人事件をモチーフにした「冷たい熱帯魚」は、R18指定にもかかわらず何と日本の映画賞を総ナメしてしまった。

 「『冷たい熱帯魚』がヒットしてるって聞いて『何で?』と思った。『よかったよ』とか言われて『え? よかった? あれが?』ってびっくりしました」

 そして、嫌われてやると固い決意で商業映画を撮り始めた園子温は、今や日本で最も忙しい映画監督のひとりになってしまった。

 「今年は3本。来年はもっと自分に厳しくして5本撮ります。充電なんかしちゃダメです。質より量。量をこなすと極限の中で自分を凌駕できる。質を考えると自分のための作品になっちゃう。休みたいってチラッと思うことはあるけど、次の瞬間には、もしあと1年しか命がないと言われたらやっておきたいことが山ほどあるので休んでいる場合じゃないって思う」

 今年は撮影の合間の時間に『毛深い闇』(河出書房新社)という小説も書いた。アトリエを作って絵も描き始めた。来年は個展を開きたいとも言う。

 完全無欠に映画監督・園子温として世の中で肩書が固定化されそうになると、それを壊したいというムラムラが湧き上がってくるのだろうか。表現世界が狭められそうになると、がぜん抵抗する。破壊と創造、超真面目と超不良、弾けたい思いと深く沈み込もうとする思い。相反する2つを自らの内に抱え、ぶつかり合いながら芯に向かって錐もみするように刹那を生き進む。毎度巻き起こす賛否は、そのための燃料なのかもしれない。

(写真:岡本隆史)

園 子温(その しおん)
1961年、愛知県生まれ。17歳で詩人としてデビュー。85年、大学在学中に撮った8ミリフィルム作品がぴあフィルムフェスティバルで入選、87年には同グランプリを獲得。その後も「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「希望の国」など多くの作品を発表、国内外で高い評価を受ける。

  
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◆「ひととき」2014年11月号より

 

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