コーチ兼任 違う見方で指導
大学院ではバイオメカニクス、コーチングを学んでいる。修士論文は「セットポジションにおけるクイックモーションの科学的考察」。どうすれば球速、球威を落とさずに、素早く投げられるか、手の位置はどうするか、足の上げ方はどうするかデータを集めたい。クイックが得意な選手はいるし、下手な選手もいる。ビデオを撮影して、うまい選手を分析するだけでも論文になるのではと思っている。
実は、指導の仕方もない。足を上げずに、素早く投げるということだけだった。どのくらい時間をかけたらいいか、チームによって異なるが、日本ハムファイターズでは、クイックの時、投手が動き出して、キャッチャーが捕球するまでに1.25秒だったら合格だった。そこからキャッチャーがセカンドに投げたらアウトに出来るといわれていた。本当にこれでいいのか検証したい。私は、1.25秒ギリギリだったが、クイックがうまい、ソフトバンクスの五十嵐亮太はもっと短いのではないかな。
バイオメカニクスの結果を通じて、選手に指導するときに、大事なのは、部分だけを見るのではなく、全体を見ないといけない。先ほど話した、「自動化」にも通じることだが、大事なのは全体のバランスとリズムだと思っている。それは選手の感覚、主観を大事にしながら、客観的な見方を提示することにつながる。
佐藤義則チーフコーチとともに1軍の投手コーチになるが、コーチで大事なのは、トレーニングなどフィジカルを見るコンディショニングコーチ。選手に対するアドバイスの70~80%はこうした技術コーチが担う。ただ、大学院で学んだことで、彼らとエネルギー代謝、有酸素運動などに関して「ATP(アデノシン三リン酸)」「CPK(クレアチンキナーゼ)」などの共通の用語を持って意見交換できることは極めて大きい。これまでと違った見方で、選手を指導していける。
松坂大輔などがチームに加わるが、工藤監督には、けがをしない、少しでも選手を続けられるような指導をして欲しいと言われている。指導教官の川村卓准教授と連絡を取りながら大学院生※5を続け、二足のわらじをはくことになるが、選手への指導は科学的な研究の場であると同時、それを橋渡しする実践の場。理論と実践をできることが今は楽しみでもある。
※5「プロ野球選手の大学院生」
桑田さんを指導する東京大学の中澤公孝教授は、「元プロ野球選手が大学院でまた学ぼうという風潮はいいこと。珍しいことでなくなることが望ましい。プロ野球選手になるためには、野球だけに専念しなければなれない、野球だけやっていても上手くなれば野球だけで大学に入学できる、という野球界の常識がある。こうした現状が、東大や京大からプロに入ると騒がれ、それ以外の人は、セカンドキャリアの問題がでてくる。これを変えていくことは大事。 日本の野球界での科学の応用は大リーグと比較すれば一目瞭然で、全く進んでいないと言わざるを得ない。高校野球の投球制限の問題、多くの高校野球指導者が高校野球の文化面を強調して、これに反対しているとされていることが象徴的。考え方を変えることが大事」と強調する。
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