夜7時すぎの集合。一の橋手前で一礼し、副住職・近藤説秀(こんどうせっしゅう)さんの導きで進んでいく。参道にあるのは、両脇に並ぶ石燈籠の眠たげな灯りと、ぽつん、ぽつんと立つ外灯。時折、近藤さんの懐中電灯が、天を突く高野杉や巨人のごとき五輪塔を照らす。
これは武田信玄・勝頼の供養塔、こちらは上杉謙信。ここにはもはや敵味方の別はない。法然、親鸞のものもある。近代の企業墓もある。驚くなかれ、シロアリやフグも供養されている。約20万基、ありとあらゆるものへの祈りが集う。
「あれはムササビです」と近藤さん。漆黒の闇に溶ける樹齢千年という木々の梢(こずえ)を見上げると、そのはるかかなたで星々がまたたく。ここでは宇宙がとても近しく感じられる。凍(い)てつく高野山の冬の空気は、生きとし生けるものから目に見えないものまでも包括し、曼荼羅世界を体感させてくれるかのようだ。
魂が響き合う場所
翌早朝、再び奥之院へ赴く。入定後の空海のために行われる、朝6時と10時半の生身供(しょうじんぐ)、つまり食事の配膳を見学するため、御廟前の玉川に掛かる御廟橋のたもとで待機する。
冬の朝6時はまだ闇の中である。寒さに震える身に、灯りのともった御供所(ごくしょ)からよい匂いがふわりと届く。ほどなくして、シャンシャンと鳴る半鐘の音を合図に引き戸が開かれ、黄衣の僧侶が三人現れる。先頭を歩くのは維那(いな)と呼ばれる高僧で、続く二人が、白木の櫃(ひつ)を長棒で担いでいく。
御供所前にある嘗試地蔵(あじみじぞう)にお供えした後、粛々と御廟に向かう。日に2回、それを毎日毎日1000年以上。献立は日々変わる一汁四菜。
西山さんは、引き寄せられるように僧侶たちのあとに続いていく。慌ててあとを追うと、あれよあれよと御廟前の燈籠堂の中へ。図らずも勤行を拝見、ともに祈ることとなった。