久松:といっても、やっぱり集約は進んでもいます。平成25年の農業総生産額は8兆4668億円くらいあって、農家の数は250万戸といわれている(平成22年度の農水省調査では約252万戸)。でもその1割は生産すらしていないし、年間1000万円以上の売上があるのが上位7%しかない。その7%が全産出額の6割を売っているんですよ。500万円まで落としても15%で、それで全産出額の8割なんです。今後は否応なしに、人数では上位15%に集約されていくと思います。
それだけ集約が進めば、小さくて個性的な農家が各県に50戸いるだけで、全体の1%のシェアになるんです。その人たちが輝いていると、業界全体が変わる。士業の人との連携ももちろん重要ですが、最終的にはCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)が肝になると思っています。たとえば、高級ホテルのように顧客一人ひとりの顔を見たサービスをやっていく。サービス面で顧客の心をがっちり掴めれば、野菜そのものの味は「飛び抜けておいしい」じゃなくて「ちゃんとおいしい」でいいんです。それができれば、栽培条件が不利な地域でも、小規模でも、ビジネスは成立する。農業にはまだまだこういう余地がたくさんあると思います。
小川:きっと、かつてとは違う現代の「篤農家」が必要なんでしょうね。栽培技術だけでなく、久松さんみたいにITとかマネジメントとか、連携のサポートができる人が。篤農家が次代の篤農家を育てていけば、小さなプレイヤーの限界は自然に突破できるんじゃないかな。
久松:それを農地解放で壊しちゃいましたからね。庄屋さんが果たしていた役割は大きかった。
小川:困ったときには金も貸す、ファイナンスもやっていたんですよ。もめごとの仲裁では代官さんでもあった。それがJAの組合長や理事長で代替できたかというと、全然そうじゃない。
久松:昔の農家も何でも自分がやろうとしていたわけじゃなくて、サポートシステムがあったから経営感覚のない農家でもやっていけたけど、それが壊れてしまった今は、新しい発想ができないと小さなプレイヤーは生き残れない。でも全員が俯瞰視できる経営者になんてなれっこないんです。
小川:僕の実家は秋田の地主だったのね。入会地がいっぱいあって、みんなで水も引いていた。個人でやっている感覚はなかった。今でも地方に行けばそうなんじゃないですか?
久松:だいぶ薄れちゃっていますね。機械化で、共同しないとできない作業が減っちゃったし、共同でやる合理性も薄れている。
小川:機械化と基盤整備が壊しちゃったのか。
久松:今の農業機械は個々の農家にはオーバースペックなんですよね。本当は数軒で1台買えばいいものを全戸に買わせたから。農家の数が減ると困るのは農機メーカーなんですよ。稲作の労働生産性が終戦直後から6倍になっていて、でも農家は6分の1に減っていない。
小川:庄屋や農家をマネジメント面で復活させればいいのでしょうね。
久松:それは面白いですね。手前味噌になるけど、「久松農園みたいな当たり前の農業がなくなったらこの国はどうなるのさ」って真剣に思うんですよね。大規模稲作と植物工場しかない国の農業にも農産物にも魅力を感じない(笑)。クオリティが高くて多種多様なものを作っている、顧客満足度の高い農家が生き残れる。彼らを実経済の世界で支えるサポートシステムが必要なんですよね。
小川孔輔(おがわ・こうすけ)
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授。1951年秋田県生まれ。日本マーケティング・サイエンス学会代表理事。JCSI(日本版顧客満足度指数)開発主査。著書に『しまむらとヤオコー』(小学館)、『マーケティング入門』(日本経済新聞出版社)など。本年2月刊行『マクドナルド 失敗の本質 賞味期限切れのビジネスモデル』(東洋経済新報社)ではマクドナルドの収益を支えてきた2つの事業モデルのどちらもが「賞味期限切れ」に瀕しつつあることを指摘し、さまざまな反響を呼んだ。
久松達央(ひさまつ・たつおう)
(株)久松農園 代表取締役。1970年茨城県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、帝人(株)入社。1998年農業研修を経て、独立就農。現在は7名のスタッフと共に年 間50品目以上の旬の有機野菜を栽培し、契約消費者と都内の飲食店に直接販売。SNSの活用や、栽培管理にクラウドを採り入れる様子は最新刊の『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)に詳しい。自治体や小売店と連携し、補助金に頼らないで生き残れる小規模独立型の農業者の育成に力を入れている。他の著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)がある。
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