ヒットメーカーの舞台裏

2015年6月30日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

野呂 勝 (Masaru Noro)
(ハイアールアジアR&D マネージャー) 1967年生まれ。91年に関西大学工学部を卒業し、三洋電機に入社。洗濯機事業部に配属となりドライクリーニング機など業務用洗浄機器の設計・開発に従事。理美容や介護関係の製品も担当した。2012年1月から現職。中国の歴史・文化に興味があり、史跡巡りする一方、中国語の勉強も始めている。

 当初、野呂にはそうした洗濯機の「要素技術」を考えてほしいという指示だった。野呂は「たたく、もむ、こするという洗濯の基本原理のうち、“たたく”が最もコンパクトにできる」として、その要素を取り入れた試作品を提示した。それは直径10センチ、長さも50センチほどの大ぶりなものだった。

 すると今度は「もっと小さく携帯できるサイズに」とのリクエストになった。ここから野呂も「製品化まで担当するのだろうな」と、覚悟を固めた。最初の試作から半年弱で6ステップの改良を重ね、最終商品に近い仕様が固まった。

 スマートに仕上がった試作品を見て、「国内でニーズがある」と商品化を決断したのは日本法人のトップだった。そこから半年後の14年末までに量産体制を整えるよう期限が切られた。だが、この時点では「洗浄力の強化やコストの引き下げといった課題も多かった」(野呂)のだ。特に製品の小型化や短期での量産化は業務用機器の開発とは対極にあるもので、これまでの経験を超えていた。

 小さな事務所の一室で、黙々と設計しながら試作や金型の修正を並行して行うという慌ただしい日々が過ぎた。苦しかった当時、野呂を支えたのは「この開発を成し遂げることで今までの自分を変え、(ハイアールの技術者として)新たなスタートを切りたい。社内外の元同僚たちにも頑張りを示したい」という思いだった。小さな洗濯機だが、野呂には実に大きな一歩なのだ。(敬称略)

  
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