田部康喜のTV読本

2015年7月8日

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田部康喜 (たべ・こうき)

コラムニスト

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 半信半疑で、さきほど強請られたばかりの不良青年の名前を書いた。翌日、自宅にライトの携帯を持ってきた警察官から、彼が事故で死んだことを告げられる。葬儀を遠くで眺めていると、参列者の会話から、死因が心臓麻痺であることを知る。

 ライトが「デスノート」を使ったのは、父親が過去に捕まえた殺人犯が仮出所後に、母子を人質にとってたてこもった事件である。犯人の名前を書くと、不良青年と同様に心臓麻痺で死に、人質になった母と子どもの身代わりになった父親は無事に救出される。

 ふたりの人間を殺してしまうことになったライトは、苦悩のどん底に落ちてビルの屋上から飛び降りて、自殺を図ろうとする。

 そこに死神・リュークが現れる。

 「デスノートを使えば大金持ちになることだってできる」

 デスノートをビルから投げ捨てるライトに向かってこういう。

 「もし殺人犯がノートを手に入れたらどうなる?」

 ライトは、凶悪な犯罪に手を染めた、人間を次々にデスノートに名前を書くことによって、殺していく。ネット上で、キラと呼ばれるようになる。

 荒唐無稽ともいえるストーリーと、CGによって画面を躍る死神との対話という設定にもかかわらず、ドラマに引き込まれるのはなぜなのだろうか。

 それは、この物語が世界の若者に受け入れられる、理由の一端を示しているようである。

焦燥感に焼かれるような気持ちでいる現代の若者

 世界経済は右肩上がりの時代はとうに過ぎて、主要国と欧州中央銀行による流動性の確保によって、かろうじて経済崩壊をまぬがれているようだ。ギリシャをはじめとする経済破たんのなかで、失業に苦しむ若者たちの姿は、ひとりギリシャだけではない。

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