どこか安全に深夜まで待機できる場所がないか探し回った。1キロくらい歩くと港湾事務所の脇に船客の待合室のような施設があったがイースター明けのため閉まっている。しかし200メートルくらい先に警備員の詰め所があったので待合室の外で深夜まで時間待ちすることにした。
5時頃、陽が傾いて風が冷たくなってきた。腹が減ってきたので、待合室の外の吹きさらしのベンチで冷えたスパゲッティをかきこむ。夕焼け空にロードス騎士団の要塞やモスクの尖塔が黒いシルエットとなって浮かび上がってくる。
7時頃に陽が沈み切ると急激に気温が下がり、フリースの上にダウンジャケットを着込むが震えが止まらない。これ以上着込む防寒着はない。警備員にフェリーの予定を確認すると「クレタ島行のフェリーは風向きの関係で乗船する桟橋が変更となり待合室の前の桟橋に接岸することになった」と良報。9時を過ぎても警備員詰所以外桟橋は無人状態。しかも警備員は広い港湾を巡回しており、ほとんど詰所を留守にしていることが分かってきた。
風は刻々と強くなりフェリーが待ち遠しい。時計を何度見ても遅々として時間が進まない。じっと我慢して五分は経過したと思って時計を見る。すると1分も経過していない。それを無限に繰り返す。風を避けようと無風の場所を探すが、悪臭が鼻を衝く公衆トイレ以外はどこも同じである。
この港湾エリアからもしかしたら開いているホテルやレストランがあるかもしれない街中までは数キロ暗闇の無人の遊歩道を歩く必要があり危険だ。この待合室前で待機するしか選択肢はない。待合室の外のテーブルや椅子を並べてバリケードにして拾って来た段ボールを挟んで壁をつくってみたが全く効果がない。
寒風が骨にしみて腰や肩や首がギシギシと痛む。ダウンジャケットとフリースが紙のように薄くなり直接皮膚に寒気を感じる。ひっきりなしに腕時計を見るが液晶の数字は変わらず、寒さのため腕時計が凍ったのかと思ったほどである。
ガタガタ全身が震えているとカロリーを急激に消費するのか急に突き上げるような空腹を感じた。時計を見ると10時を過ぎていた。二つ目の弁当を食べる。凍結したように冷たいスパゲッティとソーセージを咀嚼したが味覚を感じない。無理に飲み込むとシャーベット状の泥が食道を押し開ける感覚がして胃袋に落ちた。
11時過ぎに激しい横風を受けながらフェリーが接岸。喜び勇んでフェリーのタラップを登って船員に「寒いので至急乗船させてほしい」と懇願したが「1時前には乗船準備が完了する。それまでは乗船できない規則だ」とにべもなく却下。
寝袋を荷物から取り出して包まれば少しは寒気が防げるはずだが、取り出すのがかなり面倒なことと周囲が暗く一人で寝袋に横になっていれば強盗の格好の標的になると断念。他の船客が来るまで我慢しようと全身の痛みをこらえながら再び時計とにらめっこ。忍耐の限界を超えたのか頭が朦朧として寒さの感覚が麻痺してきた。