刊行から4カ月で約6万部。山関係の書籍では久々のヒット作だ。四半世紀にわたり農林業やマタギ・狩猟関連の取材・執筆をしてきた著者の田中さんにも、むろん初体験である。
『山怪 山人が語る不思議な話』 (田中康弘、山と渓谷社)
「なぜ売れているのか、わからないです。怪談とか怪異譚の市場がそれだけ大きかったということでしょうけど、私はただ、不思議な現場体験を聞いて回っただけなんですが」
インタビューや講演に引っぱりだこの近況に、書いた本人が首を捻(ひね)る。
本書は確かに、現代日本の山間地での不思議体験記だが、必ずしも恐い話ばかりではない。山中でフワフワと飛ぶ火の玉を見たとか、風もないのに森の木々がゴウゴウと揺れたとか、不思議といえば不思議だが、奇妙なエピソードにすぎない話も少なくない。
それでも次々ページをめくってしまうのは、どこで誰がいつ体験した話なのか、どれも裏付けがあるからだ。
「帯に“現代版遠野物語”とありますが、まさに実録の迫力、じんわりとした味がありますね?」
「ええ。日本の山には今も何かがいて、老若男女を脅(おびや)かしている。そんな話を集めてみたら、どうも『遠野物語』に似てるんです。じゃあその現代版かと」
写真家だった田中さんが山に魅せられたのは、マタギ発祥地の阿仁(あに)(北秋田市)を訪れ、山歩きに同行させてもらったから。春の山菜採りから冬の熊狩りまで、「生きるために山に入る」。低山のみの故郷、長崎県では考えたこともない「山と人の関わり」だった。