企業が法人税を回避する方法としてよく挙げられるのがタックス・ヘイブンの存在だが、米国で今問題となっているのが「タックス・インバージョン」と呼ばれる手法だ。具体的には米の大企業がより規模の小さい海外企業と合併することで本拠地を海外に移し、その国で納税を行う。法人税が低い国としてインバージョン先によく選ばれるのがアイルランド、英国、スイス、スウェーデンなどだ。
ファイザーの「タックス・インバージョン」
米国では製薬会社ファイザーがアイルランドのアレルガンとの合併を発表した。新会社はアイルランドを本社とする予定だ。この合併、ファイザーの資産規模が8割でアレルガンが2割程度。しかしファイザーは買収に1500億ドルを投じる、と報道されている。これはアレルガンの資産価値より2割以上増しの金額で、この結果合併比率はファイザー57に対しアレルガン43となる。
実はインバージョンを阻止するため米財務省は2015年11月「合併後の比率で米企業が6割以上となる場合、インバージョンとみなす」という新たなルールを発表した。今回のファイザーの高額買収は、このルールから逃れるための策と見られている。
こうしたインバージョンを利用する企業により、米国が失う法人税額は年間1000億ドル以上、と言われる。タックスヘイブンを合わせ米企業が海外に保有する資産総額は1兆1000億ドルに達する。もっとも多いのがアップル、マイクロソフトに代表されるIT産業で総額4730億ドル、続いてヘルスケア産業の1530億ドル。
ヒラリー・クリントンの対抗策
こうした事態を改善するため、民主党大統領候補であるヒラリー・クリントン氏が大胆な「エグジット・タックス」案を発表した。インバージョンを行う企業に対し、米政府が追加課税を行う、というものだ。
クリントン案には三つの要素が含まれる。まず、米企業が海外企業との合併により米国内から本社を移す場合に、米政府がインバージョンであるかどうかを審査し、合併先の株式や資産が50%以下である場合には阻止する。次に、海外に拠点を移す企業に対し、米政府がエグジット・タックスを課す。これは国籍を海外に移籍する個人資産家にも適用される。最後に多国籍企業が海外の子会社に「融資」名目で資産を移動するのを現在よりも困難にする法制作りだ。
もちろんこの案は「ヒラリーが大統領になった場合の政策」論であり、今すぐ実現するものではない。しかし企業のインバージョンが米国内で批判の的となり、不公平感を生んでいるのは確かだ。今年初めには米国二番目のハンバーガーチェーンであるバーガーキングでさえカナダのレストランチェーンと合併し本社をカナダに移した。
特に民主党政権はこれまで何度もインバージョン阻止のための法制作りを行ってきた。しかし短期間インバージョンが減少する効果はあっても、企業は結局抜け穴を見つけ数年経つと意味がなくなる、ということを繰り返してきた。ヒラリー案はエグジット・タックスを実施することでより実践的ではあるが、効果のほどには疑問の声もある。