政策立案者は地政学をもっと真剣に考えるべきである。油価下落の規模と速度は、分裂と紛争をもたらしている。ロシアは、経済衰退に直面し、さらに弱体化するだろう。シリアでの出来事は、プーチンが益々脅威になっていることを示唆する。衰退する国家は、台頭する国家より危険であり得る。国家収益の減少は、ナイジェリアの汚職との戦いを脅かし、ボコ・ハラムからの安全保障上の脅威を増大させる。油価崩壊は、アルジェリアの内戦の引き金となった。
安い石油は、湾岸でのスンニ派・シーア派の対立を激化させ、イラク政府を致命的に弱体化させ、クルド人のISISとの戦いを弱めている。米欧の中東への不関与も加速させ得る。石油が必要でなくなれば、関与する必要はない。
冷戦同様、オイルマネーの時代は世界に予測可能性をもたらしていた。冷戦の終結を嘆くのは馬鹿げているが、その結果を無視するのも賢明ではない。我々は、「30ドルの石油」とともに別種の負担がやってくることに、間もなく気づくかもしれない。
出典:Philip Stephens,‘The petrodollar age is no more but with it go old certainties’(Financial Times, February 11, 2016)
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/c5d38000-cf2a-11e5-831d-09f7778e7377.html#axzz3znJhZuCm
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石油価格下落は構造的問題
この論説には大筋では賛成できます。石油価格は、今後数年はバレル100ドルに上昇することはなく、40ドルまたはそれ以下になる可能性が大きいでしょう。シェールオイルの掘削はバレル40ドルで採算がとれ、かつ採掘技術は進歩しており、生産性が上がってきています。温暖化への配慮もあり、エネルギー供給における炭化水素の役割は、伸びないと思われるので、なおさらです。これは長期的、構造的なことであり、簡単には逆転はしないと思われます。
ロシアを含む産油国の経済は悪化し、弱体化するでしょう。一方、消費国にとっては、石油価格の下落は朗報です。石油価格の下落とともに、株安が進んでおり、今は消費国に原油安を歓迎する声は多くありません。しかし、サウジなどの資金の引き上げ、株安、将来不安から来るリスクオフなどは構造的問題というより一時的な問題です。この論説の筆者は構造的問題と一時的問題を区別していない嫌いがあります。
地政学的影響については、産油国の苦境、それに伴う不安定化が出てくるでしょう。短期的には色々なことがあり得ますが、中長期的には消費国の力が強くなることは確実です。石油安がスンニ派・シーア派の対立を深める、イラク政府を弱体化させる、などの判断は、石油価格以外の要因も絡むので、あまり断定的なことを現時点で言うことはできません。
ただ、石油がバレル30ドルの世界の地政学はよく考える価値があります。70年代の「油乞い外交」は、もうしなくてもいいのではないかと思います。
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