●「風土サイエンス」というイベント活動も展開されていますね。
——鉄はすごいなと思って鉄の勉強を始めて、中国地方で昔から行なわれてきた製鉄法である「たたら」に行き着いたんだけど、なんで俺はたたらをやっているのかなと思い直したときに出てきた言葉が「風土サイエンス」。「風土」って言葉は、歴史も地理も自然も人の営みも経済も含んでいるでしょ。そして、たたらというのは風土そのもの。それを中心に据えて地域の人と火遊びするのはおもしろいと思ったんだ。
音で聞くと「フード」とも聞こえるでしょ。そうすると、何かうまいものが食えるんじゃないかと思って人が集まってくるのよ。別にダジャレを言いたいわけじゃなく、たたらで出る副産物(ノロなど)を土にまくと、木が育って、めぐりめぐって海に至り、牡蛎のような海の幸が育つわけ。つまり食い物。西条粘土でぐい飲みを焼いて、牡蛎をつまみにそのぐい飲みで地酒をいただく。完結しているわけ。これはやっぱり「フードサイエンス」でもあるな、広島の地の利を生かした総合学問だな、と思ったんだよね。
●先生の研究はいつもいろいろなジャンルにまたがった総合学問ですよね。
——俺は専門っていう言葉が嫌いなんだ。総合的に全部やりたい。歴史も地理も文学も哲学もひっくるめて。だって、一人の人間って、総合的にできているものでしょ。個々の学者はスペシャリストでいいけど、学問のプロは、学問のノンプロに対して、スペシャリストの部分を見せながらも、もうちょっと広い視点をもっていたほうがいいと思う。俺のような総合派はあまりいないけどね。
ただ、いろいろな分野に顔を突っ込むもんだから、「長沼はずるい」というようなことはよく言われるよ。そういえば、NHKの「プロフェッショナル」に出演したとき、「こんなに目がキョロキョロ動く人は長沼さんと羽生善治さんだけ」と司会の茂木健一郎さんに言われたんだけど、これは自分が一点集中型じゃないことの表れかもしれない。
●その番組でおっしゃった「思い込みを捨てて、思いつきを拾う」は、世のビジネスパーソンにもぐっとくる名言でした。
——俺は、思い込みが人一倍激しい人間だから、あれが自分が言った言葉とは思えないんだよ。確かに映像を見るとそう言っているけど……。あのときは神が降臨していたんじゃないかな。自分の中で沈殿していた数々の経験が熟成してふと浮かび上がってくるのを拾う、っていうのはそのとおりだけど、思い込みを捨ててしまうなんて、実際の自分にはあり得ないんだよなあ。
●では最後にお聞きします。実際のところ、先生はもう生命の起源をつきとめてしまったんでしょうか?
——地球生命の鍵を握る生物については、核心にかなり迫っているという感じは持っています。ポイントは、硫酸(鉄)還元菌とメタン生成菌。だけど、こんなもので生命の本質は見えてこないの。生命の本質をいうには、実は地球以外にもう一個生命のサンプルがないと論理的には完結しない。そうでないと、偶然か必然か、特殊か普遍かがわからない。本当はサンプル数は2でも足りないけど、1よりはマシだからね。
生命がなくてもこの宇宙は困らないのに、物理・化学で粛々と進行していけばいいのに、なんでわざわざ宇宙は生命を作ったのか。どうしてこの宇宙は生命が好きなのか。このWhyを解き明かさない限り、俺の研究の旅は終わらないね。はっきり言って、結局、答は解き明かせないのかもしれない。でも、Whyの答に迫ることは、絶対にできるはずなんだ。
◎略歴
■長沼毅(ながぬまたけし)
広島大学大学院生物圏科学研究科准教授。1961年生まれ。専門は生物海洋学・微生物生態学。砂漠、南極、地底など、極限環境に生きる生物を探して地球を駆け巡る。
*次回は江戸の禅僧・白隠(はくいん)の研究者、
花園大学の芳澤勝弘教授が登場します。
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