一口に「欧州」と言っても、複雑なサークルが絡み合っている。単一通貨のユーロ圏、旅券なしで行き来できるシェンゲン圏、欧州連合(EU)域内、バルカン諸国、そして旧ソ連諸国。それぞれが様々な「抜け穴」でつながり、薬物、銃器、売春婦が闇市場を通じて行き来している。スロバキアはユーロ圏やシェンゲン圏に入っており、ブリュッセルやパリ、アムステルダム、ベルリンとも直結する。
1月のパリ襲撃や8月の国際列車銃乱射事件でテロリストが使った銃はシリアルナンバーから、スロバキアの田舎町パーティザンスケのガンショップで販売されたことが分かっている。
(注)違法銃も含む市民100人あたりの銃保有率。なお、銃社会の米国は101.05丁
(出所)シドニー大学主宰のサイト「ガンポリシー・オルグ」をもとに筆者作成
金曜夜、パーティザンスケに向かう長距離列車に飛び乗ると、週末を家族と過ごす学生や若者でごった返していた。日曜夜に若者は地方から首都に出稼ぎに向かい、金曜夜はそれと逆の人の流れができる。パーティザンスケまで約2時間の車中、地元の若者と議論になった。「米国のように欧州でも銃保有が認められていたら、パリの犠牲者はもっと少なくて済んだ」と若者が言うと、隣の女性が「銃の管理を強化するのが正解よ」と顔をしかめる。
シドニー大学が主宰するサイト「ガンポリシー・オルグ」によると、市民100人当たりの銃保有率は違法銃も含めてフランスが推定31・2丁、ドイツは30・3丁、ベルギーは17・2丁、スロバキアが8・3丁だ。ちなみに銃社会の米国は101・05丁と断トツに多く、銃規制の厳しい英国は6・7丁、日本は0・6丁と少ない。
パーティザンスケ到着後、問題のガンショップ「AFGセキュリティー」を訪ねた。事前に送った電子メールに対しては「来ても無駄だ。何も話さない」と書かれていた。しかし店員は「ヤポンスキー(日本人)か」と店内に入れてくれた。しばらくして社長と息子がやって来た。「スロバキアには同じようなガンショップが100ぐらいある。警察にも協力しているのにこんな騒ぎに巻き込まれ、迷惑している」。
店内では、初老の愛好家が拳銃の初弾を装填するスライドを手で動かして滑らかさと手応えを確かめている。モデルガンか真正拳銃か素人の筆者には見分けがつかない。
AFGは店頭販売だけでなく、真正拳銃や不可動化した銃をオンラインで販売している。真正拳銃を購入するには免許が必要で、ドイツの軍用自動式拳銃ワルサーP38には627ユーロの値が付く。不可動化した武器では、旧チェコスロバキア製の短機関銃スコーピオンVz61が170ユーロ、対戦車弾RPG-7が513ユーロで販売されている。
「販売先はシェンゲン圏内が中心だ。テロの続発で私たちのような正規のガンショップへの風当たりが厳しくなったのは心外だ。必要なことは国境管理や闇市場の取り締まりを強化し、銃の違法取引に対する罰則を厳しくすることだ」と社長と息子は繰り返した。
不可動化した武器に関するスロバキアの規制は他のEU加盟国に比べて甘かった。最近まで18歳以上なら許可証を持たずとも購入できた。イタリアでは銃身に鉛を詰め込み、デンマークでは銃を半分に切断するのに、スロバキアの不可動化は銃身にピンを通すだけだったため、1時間もあれば簡単に再可動化できたという。
このため、スロバキア政府は15年7月に不可動化の基準を他のEU加盟国並みに強化し、不可動化銃を購入する際にはスロバキア国内の居住証明証の提示を義務付けた。前出の専門家デュケット氏は「EU域内で不可動化の共通基準を策定しようとしています。不可動化した軍用銃の販売は禁止され、不可動化されたAK-47を買うことはできなくなるでしょう」と話す。