2022年10月7日(金)

コラムの時代の愛−辺境の声−

2016年4月14日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

記者・作家

記者・作家。北海道大学工学部卒。1989年より毎日新聞記者。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマなどに駐在。2005年、『絵はがきにされた少年』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『ぶらっとヒマラヤ』(毎日新聞出版)。
 

 

 「第五は人種差別主義だ。人間の根源にある、異質な者に対する脅威の感情をたくみに操り、これを広める」

 日本では中国、韓国に対する敵対感情、在日韓国人へのヘイトスピーチなどがここ10年ほど急速に目立ってきたが、これは欧州など移民の多い社会ならどこにでもある現象だ。

 国や文化が違う相手への先入観はあっても、実際に自分の中にある差別が正しいと信じ込んでいる確信犯的な人種主義者が日本にどれほどいるのか。

 エーコの言う特徴をここではすべて列挙しない。これはとぴったりくる、というものがないせいだが、次に挙げる第十三の特徴は今の日本になじむ気がする。

頻繁に登場するようになった「民意」

 「ファシズムの下で、個人は個人としての権利を持っていない。まとまった『国民』として、それが固まった形で『民意(共通の意志)』を持っているとみなされる。実際、『民意』が一つなどということはあり得ないのに、政権はそれがあるようなふりをする。

 『国民』は単なる芝居の道具に過ぎない。かつての広場での民衆の叫びは、今ではテレビやインターネット上の感情的反応に取って代わられ、それが『民意』『国民の声』として受け入れられる事態が起きる。

 ムッソリーニがそうであったように、『腐りきった議会政治』は『民意』を代弁していないという理由で、議会解散、独裁へと向かう」。

 日本で「民意」という言葉を頻繁に耳にするようになったのは、ここ20年ほどのことではないだろうか。国会の議事録に残されている「民意」という言葉を10年ごとに検索してみると、こんな結果が出た。

 1946年4月11日から56年4月10日(以下月日は同じ)の10年間で634件。56~66年は464件ともっとも少なく、66~76年:611件に上昇する。76~86年:602件と少し落ち、その後、急増を始める。86~96年:837件、96~2006年:928件、06~16年:1177件。

 国会で「民意」が口にされた回数は、戦後間もないころから80年代まではコンスタントだが、そのころと比べると、最近の過去10年はその2倍に達している。私の耳の印象は当たらずとも遠からずということだ。

 例えば、自民党の大勝に終わった2014年末の衆院選でも「民意」という言葉をよく聞いた。その後、安倍政権は与党大勝が民意の反映という理屈で、あれこれ法案を打ち出した。

 しかし、実際に自民党に投票した人の数を全有権者で割ったいわゆる「絶対得票率」は、比例代表選で約17%、 小選挙区でも約25%だった。全有権者の5人に1人程度しか自民党に投票していない。

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