2022年11月29日(火)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2016年5月6日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

野嶋 そこでポーとドゥテルテが抜け出したのですね。

日下 ポーは中間層にも貧困層にも受ける人です。ポーの人生は、テレビドラマのようにドラマチックです。生後まもなく教会に置き去りにされ、実の両親も知りません。国民的映画俳優のフェルナンド・ポー・ジュニアとスーサン・ロセスの夫婦に養子として育てられ、フィリピン大学とアメリカの大学を卒業しました。長らくアメリカで暮らしており、政治の世界に入ったのは2010年からです。そのため、腐敗に巻き込まれていないフレッシュなイメージが人気の元です。

日下氏プロフィール:フィリピン政治を研究。国立フィリピン大学研究員、京都大学人文科学研究所助教などを経て現職。著書に『反市民の政治学—フィリピンの民主主義と道徳』(大平正芳記念賞・ジェトロ発展途上国研究奨励賞)

 ただし、大統領選挙への出馬を表明すると、出生の問題からフィリピン国籍がなく、出馬資格がないのではないかと裁判で争われました。「孤児だから国籍がなく、出馬資格がない」という批判は、貧困層に同情される部分があります。貧困層は役所で出生届など様々な書類に不備があるとして、社会保障を受けられない、旅券が取れない、各種行政サービスが受けられないといった苦労を日々経験しているからです。また、ポーの人生は一種の殉教者として解釈され、人びとの共感を呼んだ点もあるかもしれません。最高裁の判決で候補者資格が認められましたが、そのプロセスは、パリサイ人に無実の罪で訴えられたキリストの受難、死、復活に重なる部分があります。なんといっても、フィリピンは、キリスト教徒は9割、カトリックが84%の国だからです。

 最新の世論調査でトップに躍り出たドゥテルテは、ダバオ市の犯罪対策で強面のイメージがあり、歯に衣きせぬ率直な物言いで騒動を巻き起こしますが、下世話なジョークもうまく、人間味に溢れた魅力的な人物にみえます。南部の出身で、とりわけミンダナオ、ビサヤ地域では、圧倒的な人気を誇っています。ドゥテルテは「鉄拳」による犯罪と汚職の撲滅、麻薬の徹底的な取締りを掲げています。アンチクライムで有言実行、腐敗した警官も役人も許さない、「民衆を苦しめる悪い奴らは皆殺しにしてやる」というのが彼の主張です。実際、彼はダバオ市で犯罪対策を厳しくすると同時に、警官の給料をあげて運転手から賄賂を取らないようにしたといいます。そのため、マニラでもタクシーに乗ると、ほとんどの運転手は彼の支持者です。ただし、ダバオで治安部局による超法規的な殺人に加担したとして国内外の人権団体から批判もされています。

 ドゥテルテのイメージは「優しい権威主義者」ですが、それを求める傾向は、もともと中間層や華人系のビジネスマンに多かったです。フィリピンを発展させるためには、マハティールやリー・クアンユーのように厳格な規律で統治する強いリーダーが必要だというのです。実際、富裕・中間層にもドゥテルテの支持が広がっております。たしかにアキノ政権の改革主義は着実に成果を上げてきましたが、複雑な社会問題の改革には時間がかかります。そうしたなか、年々悪化する劣悪な交通渋滞、非効率な役所仕事、治安への不安といった日々のストレスにもう耐えられない、強いリーダーによってフィリピン社会の問題を一気呵成に徹底的に変革してもらいたいという期待が広がっているのです。しかも、貧困層までもが彼の言う規律による犯罪の撲滅を支持するようになっています。スラムの子供たちがヒップポップでドゥテルテの応援歌を歌ったり、麻薬を常習している若者まで「フィリピンには規律が必要だ」と言ってドゥテルテを支持しています。スラムでは「俺たちが期待しているのは独裁者だ」といった声さえ聞こえてきます。

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