歯車が狂う、ということは、こういうことなのだ。台湾で「出直し」を図って党主席選挙を行った国民党を見ていて、つくづくそう感じた。国民党はトップに洪秀柱氏を選び、29日、正式に党主席に着任した。総統選挙で大敗を喫し、責任をとって辞任する朱立倫主席の後任となる。国民党の歴史のなかで初の女性のトップであるが、前途は多難である。なぜなら、洪秀柱氏は党内でも「原理主義者」と目されるほど、中国との接近路線を主張する人物であるからだ。
果敢な原理主義者
なぜ、党内で派閥を持たない一匹狼の洪秀柱氏が、ライバルたちに20%以上の得票率の差をつけて、圧倒的な強さで選ばれたのか。一言で言うなら、3人の「臆病な男たち」の優柔不断が、1人の「果敢な原理主義者」の女性を勝たせた、ということではないだろうか。3人の男たちとは、総統候補だった朱立倫氏、立法院長だった王金平氏、現副総統の呉敦義氏だ。
3人とも、総統候補としての資格は十分な大物で、立候補に手を挙げれば、候補者に選ばれる可能性はあった。だが、当時は2014年のヒマワリ運動から勢いづいた民進党の優勢が明らか。出馬しても勝ち目がないことを見越して、立候補を控えようとしたと見られている。途中で朱立倫氏が王金平氏に出馬を誘ったこともあったと伝えられるが、お互いの腹を探りすぎて、だれも行動を起こせなかったのが真実であろう。それでも、実力も知名度も兼ね備えた3人のうち誰か1人でも「党を救うために立候補する」と立ち上がっていれば、高い可能性で、スムーズにその人物が総統候補になれたはずである。
しかし、3人は火中の栗をあえて拾おうとはしなかった。その結果、ダークホースの洪秀柱氏が思わぬ無投票で候補者になった。しかし、彼女は人気を集められず途中ですげ替えられ、朱立倫氏が慌てて代わって立ったが、むしろ代えないほうが良かったと思えるほどの大敗を喫し、責任をとって辞任。今度は、人気がないということで無理矢理引き摺り下ろされた洪秀柱氏が党主席になるという、下手な喜劇よりもブラックジョークじみた顛末である。
いま思えば、どうせ選挙で手ひどく民進党に敗れるなら、「終極統一(いつか中国と台湾は一つになる)」と語っている洪秀柱氏のままでいったん負けておいて、穏健でバランスの取れた朱立倫氏によって党内の団結を呼びかけて最悪の状態からの再起を期す、というシナリオのほうがどれほど良かったか。
民進党は、8年前に蔡英文氏という、学者・官僚出身で、それまでの運動家型の政治家ばかりだった民進党にはないタイプの党主席を選んだ。当初は「物足りない」という雑音が多かったが、結果的にみれば、その穏健さが台湾社会を安心させることになり、こうして8年後には見事に政権復帰を成し遂げた。台湾の最近の若者・中年の世代は、激しい政治対立はいささか見飽きてきており、中国との過度の接近も対立もしないような中道路線の候補者が最後は支持される構造になりつつある。