野嶋 フィリピンの好調な経済で、貧者に優しいポピュリズムが求められなくなったのでしょうか。
日下 確かに経済成長は続いていますが、貧困層がポピュリズムを必要としないほど豊かになったかといえば、そうではありません。ただ、医療や教育や食料を貧困層にばらまくという従来のポピュリズムがマンネリ化してきている。むしろ貧困層の間でも、法治主義も含めてエリートの作ってきた国家と社会の仕組みそのもの、そして自分たちの生活そのものを、厳しくも優しい父権的な規律によって変革したいという希望が強まっているように思います。
フィリピンは若い国です。若い有権者がインターネットをつかって勝手にキャンペーン・ソングやポスターをつくってSNSで盛り上がります。携帯やネットで発信するスタイルです。そうした選挙運動を貧困層もやる。国民参加型の選挙です。候補者を揶揄するパロディもたくさんつくる。そこで叩かれているのがロハスで、盛り上がっているのがドゥテルテなのです。
野嶋 アキノ大統領はどうしてうまく6年間を乗り切れたのでしょうか。
日下 高木佑輔氏(政策研究大学大学院)が最近の研究で強調しているように、アキノ政権が順調だった一因はブレーンがよかったからです。アキノのもとに改革志向の知識人が集結しました。彼らの共通点は、もともと反マルコス闘争をやった社会運動の人々です。母のコラソン・アキノ政権で彼らはまだ若く、軍のクーデターで政府から追い出されるなどして、必ずしも改革を実施できませんでした。しかし、あれから20数年、政官財学さまざまな分野で経験を積んだ改革主義者が、アキノ政権で改めて政策の主導権を握りました。
そして彼らが、教育、税制、健康保険、人口対策、反腐敗などの改革を断行したのです。もし昨年のうちに、アキノがロハスの後継指名を諦めて、ポーを与党に迎え入れていれば、彼らが次政権でも改革を継続できる可能性が高まりました。しかし、アキノは前回の選挙で自らに大統領候補の座を譲ったロハスへの恩義を優先してしまったので、アキノ政権の改革路線が継続されるかは不透明です。