教育の原点を考える

2016年5月15日

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塾を巣立つ子供達を祝う会に向け、たこ焼き作りに励む子供達

うらら(高校3年生女子):私も2人の兄が先にはじめ塾と関わっていました。幼稚園の年長だった頃、母と兄達と一緒に夏期日課に参加することになって、市間の合宿所に着いた途端、大きなお兄さん達が目の前に群がってきたのが強烈な印象で残っています。母の荷物を運んでいる大きな人達の姿に、最初は怖さも感じました。遊んでもらっているうちに次第に慣れて、親の目の届かないところで思いきり遊べることが愉しくなっていきました。

 小学3、4年生の一時期、合宿から足が遠のいたこともありましたが、父の仕事の都合で小田原市に引っ越したことや母が父母会の会長を務めたこともあり、はじめ塾に行くことが増えていきました。中学2年生の冬の暮れの勉強合宿で頑張り過ぎて寝込んでいた時に、自由気ままに育っていた私を心配した両親が私の横で正宏先生と話し合ってくれて、その年明けから寄宿することを決めました。

ふうた(20歳社会人男子):はじめ塾との関わりは小学校低学年の合宿からです。僕も小学6年生の時に「大人になるための準備講座」に参加して、集まりの後に寄宿生と一緒に夕食をとる機会が増える中で寄宿に憧れたのがきっかけで、中学1年生から3年生まで寄宿していました。

あかり(大学1年生女子):幼稚園の頃から4歳上の兄と一緒に合宿に参加していて、「なかよし合宿(小学1年生から3年生の親子合宿)」や「ジュニア合宿(小学4年生以上の子ども合宿)」に毎月行っていました。自宅から合宿所まで2時間弱の距離があったこともあり、ジュニア合宿の最初の頃はホームシックになることもありました。高学年になって反抗期を迎えて、「家を出たい」という思いが強くなった頃に母親も寄宿を後押ししてくれたので、中学1年生から2年生の終わりまで寄宿しました。

 合宿で顔を合わせていたので寄宿メンバーのこともよくわかっていて、最初から抵抗なく寄宿生活に入りました。

“同じ釜の飯を食べる”寄宿生活をしてみて

ひろじ:はじめ塾と関わるまで料理はしたことがなくて、蒸し器に水を入れ忘れて空焚きした失敗を3度ぐらいしました。今は、麻美先生や先輩からいろいろ教わって少しずつできるようになっています。

 最近は作業も好きになってきました。腕力があるので力仕事を頼まれることも増えて、経験の長い先輩よりも頼られるのを感じて嬉しいです。

 実は寄宿生活に慣れるまで相当手間取って、3回ほど脱走しました。今になって、バカなことしたなぁって思います。脱走で失った先輩や仲間の信頼を取り戻すには、大きな努力が必要であることも実感しました。

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