教育の原点を考える

2016年5月15日

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夏期合宿にて、なたで薪を準備しつつ、釜でご飯を炊く子供達

あかり:当時自分を含めて寄宿生の女子は3人だけで、私は15人近い寄宿生の男子に負けまいと必死でした。力仕事や台所仕事、テスト勉強でも「追い抜けるものなら追い抜きたい」という気持ちが強くて毎日がむしゃらでした。しかも2年生になって参加した中学校の生徒会活動が忙しくて、夕食づくりや作業の時間に間に合わないことが増えてくると、技術的なことや知識がみんなより遅れるのではないかと心配していました。そうした自分の姿を周囲が常に見て評価してくれるのが、安心でもありプレッシャーでもありました。自分のプライドもあり、自分を律した2年間を過ごせました。不自由さやジレンマをどう乗り越えるか、どう耐えるかといった精神面もしっかり鍛えられたと思っています。

周りが頑張る姿に刺激受けて育った自主性

 多くの人と共に生活するので、相手の気持ちや周囲の状況を読み取る力も相当養われたと思います。家庭にいたら親がやってくれるのは当たり前で何とも思いませんが、はじめ塾では同年代や後輩が頑張っている姿に刺激を受けて動くので自発性が育っていくと思います。

うらら:確かにそうですね。自主性が育ったお蔭で、学校のように様々なスタンスの人がいる場面でも、顔色変えずに自分から率先して動けるようになりました。

ふうた:僕は中学卒業と同時に家庭に戻って東京の進学校に通いましたが、同級生の思考のスケールが小さく見えました。そんななか、高校2年生の夏に、ハーバード大やイェール大の学生と日本の高校生約30人が一緒に過ごす「GAKKO」というサマーキャンプに参加しました。大半が帰国子女でいわゆるエリート教育を受けている高校生達でしたが、はじめ塾の塾生は彼らと比べて人間性の成熟度合いがなんら遜色ないレベルだと感じました。学校教育とは違うアプローチで、はじめ塾はエリート教育をしているのだと思います。いうなれば、サマーキャンプを共にした友人達は高級な餌で育った「養殖魚」で、はじめ塾の塾生は荒波に揉まれて育った「天然魚」って感じですかね(笑)。

 高校時代に政治系NPOを立ち上げるなど大人と遜色ない活動をしていたと自負しているのですが、何をしても「高校生にしては」という枕詞が付くことに耐えられず、高校卒業後は大学進学の道を選びませんでした。インターネットのニュースメディアで記事の取材・編集、映像の制作などをする仕事を経て、昨年4月に博報堂出身の人と一緒に広告代理店のような会社を立ち上げ、今はクライアント企業の大きなイメージ変化をコンサルティングから制作まで一貫してお手伝いするような仕事をしています。法律をいかに変えるか戦略を練ったり、全く新しい組織を生み出すためのキャンペーンを打ったりなど、既存の価値観に囚われない仕事を展開していく上で、はじめ塾での経験が役立っていると思います。

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