大型書店のビジネス書コーナーへ行くと、たくさんのビジネスパーソンが群がっている。みな、自分のため、会社のために少しでもスキルを磨こうと必死である。
しかし、魂の入らない学問は身に付かない、と『葉隠』は言う。本を読むにも、乱読ではなく知識獲得のための有効な読書にするにはどうすればよいか。そのポイントは“腹”である。
書物をたくさん読むことを多読という。考えながらゆっくり読むことを熟読といい、片っ端から読むことを乱読という。また声を出して読むことを音読といい、声を出さないのを黙読という。本を読むといってもいろいろあるのである。それでは、どういう読み方がよいか『葉隠』を見よう。
物を読むは、腹にて読みたるがよし。口にて読めば声が続かずと式部に指南なり。
本を読むには、腹で読むのがよい。口に出して読むと声が続かない、と式部に教えられた。
「腹にて読みたるがよし」とはうまい表現をしたものである。腹というものは人間の体の中心部にあり、血液が一番多く滞留しているところである。そこの管理が健康法には極めて大切である。一切の消化器官が内蔵されており、少し冷やしただけでも腹痛が起きる。東洋式健康法は腹の管理に重点がおかれ、その主なものは腹式呼吸である。座禅も一種の腹式健康呼吸法で、禅僧が比較的長命なのも、この健康法のおかげである。ヨーガとか漢方医学は、この呼吸方法が基礎になっている。
『葉隠』は単純なる黙読をすすめているのではなく、書物に対する武人の姿勢についても語っているのである。日本人にとって腹とは多様な意味をもっている。腹にまつわる言葉を拾ってみただけでもわかる。切腹、腹心、腹芸、腹案、立腹などといろいろな使い方がある。
ビジネスマンにとって、読書は欠かせない自己啓発の一つである。
書の道は紙・筆・墨が一体
習字が小学生の間でも盛んである。筆をもって一点に精神を集中することは、心の鍛錬にも役立つ。しかし、ただ手を動かしていればよいというものではない。書を教える者は、それなりの修行をしておかないと、ただの形をまねるにすぎなくなってしまう。
「物を書くは、紙と筆と墨を思ひ合う様になるが、上りたる。」と一鼎申され候。はなればなれになりたるがなり。
物を書くには、紙と筆と墨とが一体となるのが上達したということであると、一鼎が申された。とかく、それが離ればなれになりたがるものである。