山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2016年6月27日

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イスラムとEU諸国は相容れない関係になってきた

 欧州の大都市に行くとアラブ系の人々が大変目立つことは今や当たり前になってきた。私は毎年ベルギーのブリュッセルに行く機会が多いが、パリの同時多発テロ(死亡者130人、負傷者300人)があった2015年11月13日の3週間後にブリュッセルに行った。テロの首謀者はモロッコ系ベルギー人で多発テロのアジトがブリュッセルであったため、ベルギーにおいても非常事態宣言が出ていた。

ブリュッセルのアラブ人(筆者撮影)

 事件の後、3週間経っていたので危険は遠のいたかと思ったが、市内の主要地域は閉鎖されており市内にはまだ張りつめた空気と緊張感が支配していた。それでもアラブ系の市民(多分ベルギー国籍だろう)が街を歩いており、テロとは何のかかわり合いのないはずのアラブ系ベルギー人をイスラムだというだけで恐怖を感じる自分がいた。自分はコスモポリタンで人種差別を憎むタイプの日本人だが、あれほどの惨劇を見聞きするとやはり無意識に近寄りたくなくなるものだ。2004年3月のスペイン列車爆発事件に続いてロンドンで同時爆破事件が起きたのは、05年の7月7日木曜日のことである。死亡者56人、負傷者700人であった。

 その後、アルカイダが声明を発表したためアルカイダの犯行と解明したが、01年の9・11事件以来ウサーマ・ビン・ラーディンを抹殺すべく米国は大規模な捜索を行ったが11年5月2日、パキスタンのイスラマバードの潜伏先で殺害するまで10年間も捕まらなかった。捕まるまで2006年と2008年のムンバイ同時多発テロ、2007年パキスタン事件、2008年イスラマバード・マリオットホテル爆破テロなど世界中で次々とテロ事件は起こっている。イスラム教の指導者はテロ行為はイスラム教の教義に反すると声明を出しているが、残念ながらテロ事件は収まりそうもないのが実体である。

なぜロンドン市長にイスラム教徒
サディク・カーンがなったのか?

ロンドンテロの現場となったパンクラス駅(筆者撮影)

 今年の5月5日に行われた統一地方選挙でロンドン市長にイスラム教徒の労働党議員が当選した。サディク・カーン新市長(45歳)はパキスタン系移民の父を持つが、欧州の主要都市でイスラム教徒の市長が誕生したのは初めてである。英国の保守党側はしきりにカーン氏がイスラム過激派と結びつきがあるとのネガティブ(反イスラム)キャンペーンを展開したが、ロンドン市民は宗教の偏見にとらわれず保守党を抑えて選ばれた。カーン氏は「ロンドン市民が分裂よりも結束を選んだことを誇りに思う」と勝利宣言を出したが、そのわずか48日後に英国でEU離脱の決定がなされた落差にただ驚くばかりである。

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