したがって中国政府としては今後、極力フィリピン新政権との対話の糸口を見出して、両国間の直接対話に活路を見出そうとするであろう。当事者同士が直接の話し合いによって問題解決の道を探す、という姿勢を示すことによって、裁判所の裁定を無力化してしまい、アメリカや日本からの「干渉」を跳ね返すこともできるからである。
だからこそ、今回の裁定に対する一連の批判・反発においては、中国政府と国営メデイアは、裁定の出発点となったフィリピンの提訴に対し、「悪いのはフィリピンの前政権」ということをことさらに強調し、新大統領への批判を一切避けている。そして、裁定が公表された直後の王毅外相の談話では、フィリピン新政権の姿勢に「留意した」とし、フィリピン政府との直接対話に意欲を示しているのである。
もちろん、フィリピンとの直接対話が上手くいくかどうかは未知数だ。新政権は、南シナ海問題で中国と対話することによって経済援助やインフラ投資などの経済的利益を中国から引き出す魂胆であろうが、それでも、そのためにフィリピンが南シナ海の主権問題を中国に譲歩するようなことはまず考えにくい。主権問題を棚上げにしての対話がどこまで成果を挙げられるのかは分からない。
しかも、裁定が中国の主張を全面的に退けたことで、今、中国との対話において優位に立つのはフィリピンであり、主導権を握っているのはドゥテルテ大統領であると言っても過言ではない。フィリピンとの対話が中国政府の思惑通りに進む保証はどこにもないのである。
結局、裁定に従う形で南シナ海での膨張主義政策を放棄するのが中国にとっての本当の「起死回生策」となるはずだが、それがどうしてもできないのは、中華帝国の伝統を受け継いだ習近平政権の救い難い「難病」である。南シナ海の秩序と平和を守るための国際社会の戦いは、今後も続くのであろう。
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