トルコがISを脅威としていることは事実です。ISはここ1年余りで、イスタンブールの国際空港をはじめ、大規模な自爆テロを6回も決行しています。ISがトルコを狙うのは、トルコがシリア、イラクとの間の1250キロ余りの国境の一部を支配下に置いていて、こうした国境のぬけ道を利用して戦闘員を確保してきたこと、トルコがヨーロッパ、中東、ロシアのカフカス地方を結ぶ点に位置し、これら地域から「聖戦士」志願者が続々と流入していることなどから、ISにとってトルコがNATO加盟国の中で最もアクセスしやすく、テロを実行しやすい国になっているためと考えられます。
米国の立場は微妙
他方、トルコ政府はシリアにおけるクルド人自治区の設置には反対です。一つにはYPGが、トルコ政府がテロ組織に指定し、非合法化しているトルコ内のクルド労働者党PKKと緊密な関係にあることを嫌っています。トルコのユルドゥルム首相は、シリア国境地帯におけるクルド人自治区建設の動きは断じて受け入れられないと言っています。
トルコ政府は、YPGがジャラブルスを奪取し、勢力を拡大すればクルド人自治区設置につながりかねないと懸念し、機先を制したものと思われます。
米国の立場は微妙です。米国としてはトルコがIS攻撃に参加することは歓迎です。一方でYPGはアサド軍およびISとの戦いで米国が最も頼りにしてきた戦闘グループです。米国はシリアでの戦いの最有力の協力者であるYPGの勢力拡大にトルコが反対していることでジレンマに立たされていますが、今回のトルコのジャラブルス侵攻については、例えその主たる目的がYPGの勢力拡大の阻止であったとしても、トルコのIS攻撃参加の意義の方を重視したようです。
バイデン副大統領はトルコ訪問に際して、YPGがジャラブルスの東、ユーフラテス川の東岸に退去すべきであると述べ、退去しなければ米国はYPG支援を停止すると述べました。これは本件社説の期待に反するもので、YPGに対する予想外に強いメッセージです。米国はYPGにユーフラテス川の東岸への退去を要請することは、米国のYPG支持の基本姿勢の変更を意味するものではないと考えたのでしょうが、この発言はエルドアンに対する配慮であることは間違いありません。
バイデンのトルコ訪問は、トルコのクーデター未遂事件後、トルコの対米感情が著しく悪化したことを受け、米トルコ関係のよりを戻すことが主たる目的であったと思われますが、米国とYPGとの関係に影を落としたことは否めません。また米国がシリアの解決策として3つの自治地域への分割案を考えているとしても、当面その案は表には出てこないでしょう。
米国の期待、思惑にもかかわらず、エルドアンは8月28日、ISと同様YPGを根絶する決意だと述べ、トルコ軍はYPGが今月中旬制圧したISの拠点のマンビジュの奪還を目指し、ジャラブルス―マンビジュ間で戦闘が激しさを増しています。エルドアンの目的がISよりはYPGをつぶすことがはっきりすれば、IS打倒を最優先させる米国の戦略との違いは明らかとなり、米国はトルコとの関係を見直さざるを得なくなるでしょう。
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