韓国の「読み方」

2016年11月7日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

根強い「序列意識」の影響

 なぜ、文書流出の件で一気に反感が強まったのか。韓国の知人たちに聞くと、多くの人は「まったく専門性のない人間が国政の指南をしていたなんて信じがたいことだ」と拒否反応を示した。さらに「大学教授や元政治家ならともかく、ムーダンだなんて」と話す人も多く、基本的には同じことではあるものの別の表現で「エスタブリッシュメントの人たちは、自分たちと同じ階層ではない人間が大統領を操っていたということに怒っている」と指摘する人もいた。朴大統領の対外政策に関するブレーンと言われた人は「法律的には問題なくても道徳的に許されない」と話した。そのために、多くの人が「虚脱感」や「裏切られたという感覚」を抱いているのだという。

 やはり、疑惑の中心にいる崔容疑者という人物に持たれている「エセ宗教」や「ムーダン」というイメージが決定的なファクターとなったようだ。ムーダンとは「職業的宗教者。クッとよばれる祭儀をつかさどり、激しい歌舞の中で憑依状態となり神託を宣べる」(『大辞林第3版』)という存在だ。ムーダンは朝鮮社会の中では下層に位置付けられる存在だった。そんな人間が大統領の背後に隠れていたというイメージが、さまざまな理由で積もり積もっていた朴大統領に対する不信感を爆発させる最後の一押しになったのである。そこには、韓国社会に根強い序列意識の影響も強いようだ。

 崔容疑者は新興宗教の教祖だった父とともに1970年代、凶弾で母を失った若き日の朴大統領と親密な関係を築いたとされる。そして、1979年には朴正煕大統領も殺された。独裁者の娘にこびへつらっていた多くの人たちが手のひらを返す中、崔容疑者一家はずっと朴大統領に寄り添った。深刻な人間不信に陥った朴大統領が、年齢も近い崔容疑者に心を許したことは自然なことだ。他に信頼できる人脈がないから、政治家になってからも崔容疑者に近い人物が周囲を固めることになった。大統領だとしても私的な友人に相談すること自体を悪いとは言えないはずなのだが、今回は、崔容疑者と彼女の父のマイナスイメージに全てがかき消されている。

 一方、朴大統領が検察の捜査を受け入れるという11月4日の談話を発表した直後に韓国の民間調査会社リアルメーターが行った世論調査では、談話を「真摯なものではなく受け入れられない」が57.2%、「不十分だが受け入れる」が28.6%、「十分だ」が9.8%だった。保守層や60代以上で「不十分だが受け入れる」が40%を超え、「受け入れられない」より多かったという。評価が難しい数字である。依然として朴大統領への逆風は強いものの、「コンクリート支持層」は再び同情し始めている可能性もある。あるいは、コンクリート支持層を中心にこれ以上の国政混乱を嫌う心理が出てきてもおかしくはないだろう。

 ただ、耳の痛い意見を言う人たちと意思疎通をしないという意味で「不通」と呼ばれる朴大統領のスタイルは、こんな状況になっても依然として変わっていない面がある。このスタイルを押し通したまま根本的な打開策を導き出すなどということは想像しがたく、先行きは全く不透明だ。

 文化的背景の違う社会に住む人々の琴線に訴えるものは、それぞれ違う。それは、米国大統領選におけるクリントン氏の私用メール問題を見ても分かるだろう。米国では大統領選の情勢に大きな影響を与える重大問題だが、日本人の何パーセントが米国社会の感覚を肌で理解できるだろうか。朴大統領を巡る韓国社会の動きも同じことである。良い悪いの問題ではなく、感覚というのは違うものだと考えるしかないだろう。その点は忘れないようにしたい。

  
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筆者の新刊(2016年1月刊行予定)。礒﨑敦仁・慶応大准教授との共著で2010年に出版した「LIVE講義 北朝鮮入門」を全面改訂し、金正恩時代の北朝鮮像を描く。核・ミサイル開発などの最新データを収録。

 

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