定年バックパッカー海外放浪記

2016年12月4日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

ビクトリアの大城塞のなかの大聖堂

 ただし近年は地元の若者は漁師にならず慢性的に人手不足でありエジプト・リビア・チュニジアからのアラブ人の出稼ぎや元難民を雇っているという。さらに最近ではアジア人の出稼ぎも増えているという。

 尚、マルタ全体で目につくのはフィリピン女性のベビーシッター、メード、ナースである。マルタは気候が良く英語圏であるため欧米人向け高級療養施設が多いがナースの多くはフィリピン女性である。

マグロ漁を担うインドネシア青年達

 港をぶらぶら散歩しているとマグロ漁船では漁網の繕いをしたり、甲板を洗ったり、機関や電気系統の修繕をしたりと多数の漁船員が作業している。アラブ系やアジア系が多い。そのうち「コンニチワ」「ゲンキデスカ」「ニホンジンデスカ」など盛んに日本語で呼びかけられる。

 一隻の漁船からアジア系の数人が手招きして岸壁とマグロ漁船の間に差し渡したハシゴを渡って来いとジェスチャーで示している。面白そうなので慎重にハシゴを渡り漁船に乗り移る。3人の漁船員と握手して挨拶を交わす。やけに日本語が上手なので尋ねると3人はインドネシア人であり日本でマグロ漁に三年間従事したという。めちゃくちゃに陽気であり親日ムードが溢れている。「コウチ」「ムロト」「シミズ」「ヤイズ」「ミサキ」など日本の地名がどんどん飛び出すがどうもマグロ関係の漁港のようだ。

嵐を避けて港に繋留されているツナ・ボート(マグロ漁船)

 日本の技能実習制度で来日して3年間の期限内いっぱいマグロ漁船で働いていたという。3年の研修期間終了後インドネシアの故郷に戻ったが高賃金の仕事が見つからない。知人が「マルタに行けば日本で習得したマグロ漁の技能を活かせて高収入が得られる」と教えてくれたのでマルタに来たという。口コミでマルタのマグロ漁の話が広がり現在マルサシュロックだけで100人のインドネシア人がツナボートで働いているという。

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