最近ひそかなブームの「庭園めぐり」。
しかし、庭はやっぱり、心と時間にそれなりの余裕がないと見に行けないのでは……。
そうお嘆きの向きにぜひお薦めしたいのが、「普段着の東京名庭ツアー」。
「日本美術応援団」として知られる美術史家の山下裕二さんの、
ぶらりと行く庭園めぐりがいいヒントになりそうだ。
【東京にある以下の庭園を取り上げています】
・殿ヶ谷戸庭園 ・明治神宮御苑 ・根津美術館庭園 ・椿山荘庭園
庭園といえば京都のもの、私たちは反射的にそう連想しがちだ。しかし、美術史家の山下裕二さんによると「確かに京都の庭も素晴らしい。でも、じつは東京も世界に誇れる『庭園都市』なんですよ」とのこと。東京には、いわゆる寺院の庭こそ多くないものの、それに代わる存在として江戸在府の大名屋敷の庭を中心にした、独自の庭園文化が花開いたのだという。
「枯山水〔かれさんすい〕や借景〔しゃっけい〕など、どちらかというと観念的で意匠を凝らしたものが多い京都の庭に対し、東京では台地や崖地など、もともとの起伏に富んだ地形をうまく利用した、より自然に近い庭が好まれたようですね。もともと、理想郷としての自然が日本の庭園文化の根っこにあることを思えば、東京の庭園はもっと注目されてもいいんじゃないでしょうか」
ふだんから、忙しい仕事の合間をぬって都内の庭をそぞろ歩くことも多いという山下さん。日本庭園の魅力として、何よりも自然への憧れと敬虔な想いを忘れない点をあげる。
「山を切り開いたり、噴水や階段など人工的な構築物を並べた西洋的な庭、あるいは中国の文人の庭などにある、自然を征服する感覚が好きじゃないんです。人間は自然に対して、もっと謙虚でないといけない」
そんな山下さんがお薦めの東京の名庭めぐり、期待に胸躍る一日が始まった。
▼殿ヶ谷戸庭園〔とのがやとていえん〕
──武蔵野の“参加型庭園”に遊ぶ
「素晴らしい眺めですね。高低差を巧みに生かしたところが、いかにも東京の庭らしい。植栽(木々の植え方)も、さりげないけれどよく考えられてます」
園内の高台に建つ茶室「紅葉亭〔こうようてい〕」の広縁に立ち、眼下の「次郎弁天の池」を見下ろした山下さん。空気の密度までが確かに変わったように感じられるのは、鬱蒼〔うっそう〕とした緑に抱かれているせいだろうか。
ここ、殿ヶ谷戸庭園は武蔵野を横切るように流れる野川〔のがわ〕ぞいの段丘、いわゆる国分寺崖線〔がいせん〕の南端にある和洋折衷の回遊式林泉庭園。もとは大正の初め、のちに南満州鉄道副総裁となる江口定條〔さだえ〕が別邸として設け、赤坂の庭師「仙石〔せんごく〕」が造園を手がけたという。その後、昭和に入って三菱財閥の岩崎彦彌太(初代岩崎彌太郎の孫)がこれを買い取り、洋風の建物と茶室を追加整備し、現在の形になった。