2024年7月14日(日)

土のうた 「ひととき」より

2017年4月24日

手漉き和紙のひかりがやわらかな陶房で、自然が大好きな隠﨑さんと筆者の話は尽きない

土のことば

 作品はどれも隠﨑がそこに居るかのような迫力をもつ。オブジェから茶陶まで、幅広い造形意欲と技法に鴻大(こうだい)な精神性がこもる。作者はそれを土の言語という。8種類の土を混ぜたマーブルシリーズは、備前の高級土を採るため棄てられたクズ土の混淆(こんこう)である。ひとはある年齢になれば親や知人を送り、土から生まれ土に帰ってゆく実感がともなう。

 「こいつのもつ言語は世界中いつでもどこにでもあるでしょ」

 土間を指さす。三和土(たたき)の上に備前の赤っぽい泥漿(でいしょう)を流し、自然に乾かしたフラクタル模様は抽象芸術さながら。わたしたちはふしぎな土の雲海に浮かんでいるのだった。

8種類のクズ土を槌で叩き締めスライスして大きな石だけを取り除く根気のいる作業

 土の言語はタイトルにも詩のように表れる。「北想(ほくそう)」はバブルがはじけ時代が淀んでいるとき、鳥に見立てた作品。失恋して人はうつむく。南は癒されてフラットになるだけ。あえて北へ行き想念を膨らまし、奥を見て帰って来たい。「芯韻(しんいん)」はアイルランドの石の文化に幼年期を重ねた。厳しい自然にあらがって石を積み上げる文化には情が育つ。貧しさのなかで水や花や食物を神々に捧げる祈りがこもる。

水指は思わず抱きしめたくなるいとしさ

 最新作の水指(みずさし)にひときわ惹かれた。胸から下にマーブル土をうっすら纏(まと)い、無垢の白を口縁部にもつ。貴婦人のようなしじまと繊細さ。畳付きからぽっと燃え立つ火襷(ひだすき)は、しののめの胎動のよう。肩を舟形にゆがませた反りは玲瓏(れいろう)たる弓なりを描く。胆力に発する、強靭なフォルムと気品との均衡。

 「これからさらに何を目指されますか」

 「ゴールに近づく前に別のものが見えてくる。脱皮しない蛇は死ぬ。作陶にゴールはないです」

 一瞬、眼に太刀の鋒(きっさき)のようなひかりがよぎった。そう、ここ長船(おさふね)は名刀の産地でもあった。

山本旅館(℡:0869-67-0124)では山本陶秀の皿に伊里(いり)港で水揚げされたばかりのあなごを盛ってすき焼きに。ぷりっぷりの食感がこたえられない

 40代のこと。モンゴルのゴビ砂漠の入り口で馬に乗っていて、落ちた。骨が砕けんばかりの痛打。砂利まじりの砂漠がサンドブラスターのように全身に高圧の砂を吹き付けてくる。生きながら風葬されるようだった。「これまでか」と思ったが、後悔はなかった。明日は指が飛ぶかもしれないと思って一日一日を生きてきたから。

 そのとき砂嵐の底でたしかに見たものがある。360度の地平線だ。生と死のせめぎあう漏斗(ろうと)状の底で全身をゆさぶってくる得体もしれない何か。土と一つになる身体の感応力が世界に備前を発信する。

写真・石塚定人

  
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◆「ひととき」2016年11月号より


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