2024年5月4日(土)

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2010年6月20日

●そうなると、中性子のイメージがちょっとよくなるでしょうね。

——中性子や放射線は悪者と思われがちですが、原子力は人の健康に害を与えるよりも人を生かしているほうがずっと多いんですよ。放射線は癌の原因になりますが、放射線で見つけたり直したりする数のほうが多い。どんな技術でもそういう性格があって、新しい技術が出れば新しい死に方も出てくる。火を使うようになれば、焼け死ぬ人が出る。電気を使うようになれば、感電死する人が出る。だけどそれよりも、その技術で生かされる人のほうが多いから使い続けてきたわけです。今後も、誤解を恐れずに言えば、放射線だって原子力だって核融合だって、残念ながら人が死ぬことは起こりうるでしょうが、それよりもっとたくさんの人が生きられるようになる。どうせなら、その生かす方を作りたいですね。

 でも、人類だけが生きればいいというのではないと思います。自然な形で、さっきも言いましたが、他の生物や環境と共存し、バランスを取って持続的に生きていけて、人類は初めて種として成立できる。

 よく学生に、猫とネズミとどっちが強いかと聞いています。たいてい、猫だと思いますよね。マンガでは逆だったりしますけど。正解は、どっちも正確に同じ。片方が強かったらもう片方はなくなっているはず。猫が強すぎたらネズミは滅亡している。すると猫も滅びる。食べる数と食べられる数が平衡している。平衡しなかった組み合わせは、どっちも滅んできた。今生きてるすべての生物種はたまたま生き残っただけ。いま世界のバランスがとれているように見えるのは、生き残ったものだけを見ているからで、そうでないものは種として成立せず化石が残る間もなく、滅んだから見えないのです。平衡して生き残る確率は種でいうと0.1%くらいだそうですが。

●人類と他の動物の関係は平衡状態になるんでしょうか?

——いままでの歴史をみると、そうならない確率が99%以上ですね。楽観できない。人類はまだ増え続けているので、まだ種として生き延びたという合格は与えられない。でも確率でいってもしょうがない。我々は馬券を買うほうの立場ではなく、走る馬のほうの立場ですから。いちおう、人類には知恵があると信じたいですね。

 環境経済の連中は「共有地の悲劇」についてよく言及します。牧草地が共有だと我先に土地のとりあいをして、草はなくなり、土地がくたびれて、結局みんなが生き残れなくなる。これはイギリスで言われ始めたことです。でも、アジア的な感覚では違う。入会地にみんなが手をかけることでみんなが土地を長く活用できてきた歴史がある。そうした感覚を持つ日本発の技術にはなんらか意味があるはずです。

 アジアでは日本は西洋文明の恩恵をいち早く受けてきた国。一方で、アジア的な感覚もまだ残っている国。だからそういう国ががんばるかどうかが、人類が生き延びられるかどうかを決めることになるかもしれません。

 原子力の世界は物理屋や機械屋の集まりであることが多いんですが、もっと生ものをやってる人、たとえば生物とか社会学をやっている人が入ってきたほうがいいと思っています。人が怖いとか胡散くさいと思う感覚は、私はやっぱり大事にしたいですからね。

 

※後篇は6月17日(木)公開予定です。

◎略歴
■小西哲之〔こにし・さとし〕京都大学エネルギー理工学研究所教授。1956年生まれ。81 年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、日本原子力研究所において核融合工学研究、ITER(国際熱核融合実験炉)プロジェクト等に従事し、2003年から現職。08 年より生存基盤科学研究ユニット長を兼任。

「WEDGE」 7月号より

 

 

 

 

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