「タングルウッドからの数年間は、自分の身に何が起こっているのかわからない、自分で何かを決断したのかどうかさえ思い出せない。何か大きなものに流されていくような日々でした」
日本ではほぼ無名だった青年がわずか数年で世界を制し、世界の名だたるオーケストラの前に立ち、2011年にはベルリン・フィルに招かれて客演。卒業文集に書いた夢も実現した。
決して王道ではなかった指揮者への道。それゆえに、裾野に広がるささやかな音楽好きの人々と豊かな接点を持ちながら、瞬く間に世界に飛び立った佐渡は、これまで出会ったすべての人と経験とが今の自分に繋がっていると言う。
「高校の吹奏楽部でも、ママさんコーラスでも、楽譜なんか読めないメンバーも一生懸命みんなで音を創っていた。あの音楽の幸福感が、今でも僕の根底にしっかりと息づいています」
佐渡は「題名のない音楽会」のほかにも、年末の大阪で「一万人の第九」の指揮を引き受けるなど、常に普通の人々の隣にいた。阪神淡路大震災の復興の象徴でもある兵庫県立芸術文化センターの芸術監督を今でも続けている。市民の暮らしとともにある音楽を市民とともに創っていく。そんな姿勢は、子供たちのためのオリジナル公演「佐渡裕ヤング・ピープルズ・コンサート」や、佐渡が全国トップレベルの中高生を集めて指導する「スーパーキッズ・オーケストラ」などにも結実している。
奇才・山本直純は、後輩の小澤征爾に「君は世界の頂点を目指せ。僕は音楽の底辺を広げる」と言ったという。187センチの巨体に、「新日(新日本フィルハーモニー交響楽団)で振ってますと言ったら新日本プロレスと間違えられたことがあるんですよ」と笑う人懐っこさと、指揮台に立つ後ろ姿の激しさと厳しさ。まるで佐渡の中に、山本直純と小澤征爾が同居しているかのようだ。
指揮者は自分の天職だと言い切る佐渡。10月にはドイツの名門ケルン放送交響楽団と名曲「運命」「未完成」の日本ツアー全8公演が待っている。「音楽ってええもんやで。一度聴きに来てみんか」そんな声に誘われて追いかけてみたくなる。
◎10/21(土)~29(日)兵庫・大阪・京都・愛知・静岡・東京・群馬にて全8公演
詳細は佐渡裕オフィシャルファンサイトへ
<問い合わせ先> チケットスペース ☎:03(3234)9999
写真・岡本隆史
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