2024年4月25日(木)

World Energy Watch

2017年6月9日

トランプ大統領に嫌われたパリ協定

 パリ協定離脱のスピーチでは、トランプ大統領は、協定は不公平であり米国経済と雇用にはマイナスの影響を与えるとして、パリ協定により米国が被る影響について具体的な数値をあげた。2025年までの雇用減270万人、2040年までの産業への生産面の影響はエネルギー多消費型産業の紙パ12%減、セメント23%減、鉄鋼38%減、エネルギー資源では、石炭86%減、天然ガス31%減、国内総生産額(GDP)への影響は3兆ドル減、家計収入は7000ドル減。 

 大統領が取り上げた数値の根拠となっているレポートはコンサルタント会社が共和党系団体の依頼を受け作成したものであり、費用便益分析を行っていないなどの批判を受けている。大統領がこの大きなマイナスの数字を信じていれば、選挙公約で約束していたパリ協定離脱の決断を何度も先延ばしすることもなかったのではとも思えるので、大統領自身も半信半疑の数字かもしれない。

 大統領がスピーチの中で何度か触れたのは、パリ協定は米国にとり不公平ということだった。協定では、米国、日本、EUなどの先進国、地域は温室効果ガスの削減目標を絶対値で示している。例えば、米国は2005年比2025年に26%から28%減、日本は2013年比2030年26%減、EUは1990年比2030年に40%減がパリ協定上の目標だ。

 一方、中国、インドなどの途上国は、目標を単位GDP当たりの排出量においており、今後もGDPは成長すると予想されることから、排出数量を増加させることになる。依然として大きな経済成長とエネルギー消費を必要とする途上国は先進国とは異なる目標設定を用いている。パリ協定では目標は各国が設定するので、このような設定を行うことは問題ではないが、トランプ大統領は公平ではないと気に入らないようだ。

 トランプ大統領が気に入らなかった点は、もう一つある。先進国による途上国の温暖化対策への援助資金だ。先進国は一部の途上国と共に官民協力の下、緑の気候基金に資金拠出を行うことを約束している。既に、43カ国、103億ドルの資金拠出が約束されており、オバマ大統領の時代に約束された米国の負担額30億ドルの資金拠出は開始されていた。この拠出は直ちに停止された。ちなみに、日本は米国に次ぐ15億ドルの資金拠出を約束している。

石炭産業復活は夢物語

 大統領選勝利の原動力になった石炭関係労働者への感謝を忘れないトランプ大統領は、選挙期間中に約束した石炭復活支援策を次々と打ち出した。まず「米国第一のエネルギー政策」により、エネルギー自給率向上を掲げたが、自給率の対象に明白になっていたのは、石炭、石油、天然ガスの化石燃料だけだった。再エネと原子力については触れられなかった。

 オバマ政権末期に、大統領交代による政策変更を予想した多くの省庁は、法の改正を次々に行った。例えば、環境保護庁は自動車の排ガス規制値を決定し、内務省は石炭の剝土(採掘のために除去した土砂)を湧き水、小川などに廃棄できない改正を行った。これらの規制強化も次々と葬られた。

 米国では、法改正を議会が一定期間以内に不承認とする議会評価法がある。大統領が拒否権を持つことから、議会が不承認にしても大統領が覆すことが予想されるため、実効性はなかった。しかし、大統領が交代したことから、政権交代後、議会評価法による不承認が行われることになった。湧き水への剝土廃棄を禁じた法改正は、議会評価法により無効となり、これを承認する大統領の署名には、炭鉱労働者、産炭州の両党議員が立ち会った。

 米国の二酸化炭素排出量の37%を占める電力業界の排出量削減のため、オバマ大統領が2015年に導入したのは発電所からの二酸化炭素排出量を規制するクリーン・パワー・プランだった。トランプ大統領は、大統領令によりこの規制を見直すことを環境保護庁に指示した。

 米国の石炭生産量は、大きく落ち込んできている。2008年に11億7200万ショートトンあった生産量は2016年には7億3900万トンまで減少した。その理由は規制ではなく市場での競争のためだ。シェール革命により価格が下落した天然ガスとの競争が激化し、シェアを奪われている。電力における石炭火力の発電量シェアは、昨年史上初めて天然ガスに抜かれ2位となった。図‐1の通りだ。石炭消費量の9割以上を占める発電部門での使用量の減少は石炭生産数量減に直ぐに結びついた。

 

 生産量の減少が規制ではなく市場での競争にある以上、トランプ大統領の環境規制見直し政策により石炭の生産が復活することもなさそうだ。


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