定年バックパッカー海外放浪記

2017年6月25日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

地の果てクレイグ砦、死闘を制して南軍を阻止したのはメキシコ系義勇兵

 4月22日(金)。クレイグ砦(Fort Craig)はニューメキシコ州南部、テキサス州境のリオグランデ川の畔に位置する。幹線道路からサボテンや灌木しか生えてない砂埃のラフロードを一時間走る。フロリダから来たボランティアの老夫婦が管理していた。辺鄙なところなので見学者は一日に数人という。

荒野の果てのクレイグ砦の兵舎の跡。当時は当番兵がリオグランデまで水を汲みに行ったという

 アパッチ族やナバホ族を討伐するため1854年(黒船来航の翌年)に建設。平時は150~300人の小規模の砦であるが南北戦争時は援軍が駆けつけ1100人に膨れ上がった。更にメキシコ系義勇兵(Spanish Volunteer Solders)2700人も馳せ参じた。

クレイグ砦の西方に広がる真っ白な砂漠の盆地≪ホワイトサンズ国立公園

 ボランティアの白人の爺さんの話によると当初役立たず(useless)と思われたメキシコ系義勇兵は勇戦し南軍の兵站輸送部隊を焼き討ちして南軍をテキサスに退却させたという。トランプ氏に聞かせたくなるようなエピソードである。

クレイグ砦ではアパッチ族の若者を雇って偵察隊を組織。南北戦争後は多数の黒人志願兵が先住民族討伐に活躍。他方で一部の先住民は騎兵隊の先兵として働いた。史実は知れば知るほど複雑怪奇である

 南軍が引き上げると騎兵隊は先住民掃討に注力。弱体化したアパッチ族など先住民は劣悪な条件の居留地に押し込められた。伝染病,飢餓が蔓延する居留地から脱出して白人支配に対する反乱が頻発したが騎兵隊が制圧。最終的に英雄ジェロニモが降伏した1885年に砦は閉鎖されたという。

⇒(第14回に続く)

  
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