トルコは国内で反体制クルド人組織PKKとの戦いを続けており、イラクの住民投票が国内のクルド人の分離独立運動を刺激すると懸念している。イラクにはPKKの亡命本部があり、トルコは軍を進駐させているが、この派遣軍の増強もありそうだ。シリアのアサド政権も反対の立場で、クルド人を抱える4カ国すべてが今回の住民投票には反対している、ということだ。
クルド人を支援してきた米国も「投票は支持しない」と声明を出し、その理由としてISとの戦いに支障が出かねず、地域をさらに不安定化させることを挙げている。国連もイラクの一体性を損なうとして反対だ。
しかし、イスラエルだけは賛成だ。ネタニヤフ首相は「独立国家樹立の正当な取り組みを支持する」と賛成を表明している。イスラエルは60年代以降、クルド人との関係を維持してきた。これはクルド人の独立国家がアラブやイランといった敵国に囲まれたイスラエルにとって、“緩衝地帯”になることを期待してのものだ。
100年の悲願
イラク自治政府の住民投票が仮に圧倒的な賛同を得たとしても、そのことが直ちにクルド人の独立国家に結び付くものではないだろう。しかし、クルド人の100年の悲願にとって、最大のチャンスであるのは間違いない。
クルド人はこれまで独立国家という意味では、2度に渡って好機を逸してきた。英国は第1次世界大戦後のオスマントルコの分割をめぐるセーブル条約に、クルド人独立国家の構想を明記した。しかし、トルコ建国の父、ケマル・アタチェルクの拒否によって、この構想は消えることになった。
第2次世界大戦後の1946年、ソ連占領下のイラン北西部にクルド人の「マハバード共和国」が発足したが、後押ししたソ連があっけなく手を引いたため、イラン軍に攻められて11ヶ月で崩壊した。その後、クルド人は各国の政治的な思惑や歴史に翻弄され、国家をなき民族として生き続けてきた。
1980年代、米上院のスタッフとして、クルド人に対するフセイン政権の虐殺を調査したピーター・ガルブレイス氏は今回の住民投票を「ブレキジットだ」と欧州連合(EU)からの英国の離脱に擬えているが、孤立無援の住民投票が予定通り実施されるのかどうか、その帰趨は中東全体に大きな影響を与えることになるだろう。
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