米ハーバードのジョゼフ・ナイ教授が、11月3日付け英フィナンシャル・タイムズ紙に寄稿した論説で、米国は地政学、貿易、エネルギー、通貨の分野で大きな優位を維持しており、対中国優位は現政権下でも変わらないと、パックス・シニカ論に反駁しています。要旨は次の通りです。
先の中国共産党大会により習近平は新たな皇帝になったと言う人もいる。習近平は中国を「偉大で強力な」大国だと呼び、一帯一路構想を売り込んだ。
米国は嘗て世界最大の貿易国、二国間資金貸付国だった。今日100以上の国にとり最大の貿易相手国は中国である(米国が最大の貿易相手国となっている国は57)。中国はインフラ投資に向こう10年間に1兆ドルを貸し付ける計画だ。しかし、米国は衰退し中国が地政学上のゲームに勝っていると言う論者は正しいのだろうか。
米中が持つカードを見れば、米国に賭けた方が得だということが分かる。米国には四つのエース・カードがある。第一のエース・カードは地政学である。トランプはNAFTA敵対という間違った政策を取っているものの、米国は大洋と親米の隣国に囲まれている。中国は14の国と国境を接し、そのソフト・パワーにとりマイナスとなるインド、日本、ベトナムとの領土紛争を抱えている。
次のカードはエネルギーである。嘗て米国はエネルギー輸入国だった。しかしシェール革命のお陰でエネルギー輸出国になり、IEAは北米が向こう10年の間にエネルギー自給を達成するとの見通しを出している。他方で中国は中東依存を高めている。輸入石油は米国が海軍プレゼンスを維持する南シナ海を通らねばならない。この脆弱性を克服する方策は三つしかない。供給ルート確保のために米国との海軍対立を回避するか、ロシアからの天然ガス依存を高めるか、化石燃料から再生エネルギーに転換し内燃機関を禁止するかである。中国は第二と第三の選択肢を追求しようとしているが、脆弱性克服には何十年と掛かるだろう。
第三のカードは貿易である。高いレベルの経済相互依存は、米国を中国との「相互経済確証破壊」の関係において慎重にさせるが、その慎重さが失われた場合、中国の依存度の方が大きく米国より失うものが大きくなる。ランド研究所によれば太平洋で非核の戦争になった場合米はGDPの5%を失うが、中国はGDPの25%を失うと算定している。
最後のエース・カードは米ドルである。世界で人民元による外貨準備はたったの1.1%にすぎない(64%が米ドルで保有)。1年前に人民元はIMFの特別引出権(SDR)基準通貨の第五の通貨となり、多くの者はこれで人民元が米ドルにとって代わる始まりだと述べた。しかし、実際には人民元による国際決済は2015年の2.8%から現在では1.9%に縮小している。信頼できる準備通貨になるためには十分な資本市場や正直な政府、法の支配が必要であり、中国はそれらすべてを欠いている。
強いカードも向こう見ずなプレイヤーによりプレイを間違うことがある。しかしこれら四つのエース・カードはトランプ政権下でも失われずその後も続くだろう。パックス・シニカの到来と米国時代の終わりを主張する者はこれらのパワーの要素を良く勘案すべきだ。
出典:Joseph Nye,‘America still holds the aces in its poker game with China’(Financial Times, November 3, 2017)
https://www.ft.com/content/80961dbc-bfc5-11e7-823b-ed31693349d3