この熱き人々

2018年5月22日

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 もう長い店名は必要ない。12年、シンプルに米田肇の「HAJIME」に。三ツ星を獲得したフランス料理を外し、店名まで変えてしまった。大きな決断だったが、翌年に星が1つ外れてしまい二ツ星に。米田は納得できなかった。料理は間違いなく進化したのに、受け入れられない評価に苦しみながら、17年、再び三ツ星に返り咲いている。

 米田と話をしていると時々、料理人と向かい合っているという意識が遠のく。哲学者?  画家? 物理学者? 生物学者? いや心理学者か? はたまた格闘家か?

 料理とはまず人間を知ることだと米田は言う。例えば塩の振り方。粒子の細かい精製塩を薄く均等に振った後、医療用ピンセットを駆使して砕いた粒塩を置いていく。

 「血液の塩分濃度と同じだと人は心地よく感じます。でもその日の心身の状態はみな違うし、均等だと飽きる面もある。大きさの異なる粒塩を置いて塩分濃度を上下に揺らすことで脳に音楽のように響かせることができる」

青い皿に砂粒のように散らしたクスクスやヒトデのモチーフが印象的な「海」。目の前に海岸が広がっているかのようだ ©Masashi Kuma

 誰もが美しいと感じられる黄金比も、米田の頭の中には常に存在する。

 「盛り付けの時も考えています。ただ、完璧なものはどこか人間らしさがなくなるので、黄金比を計算してからちょっと崩す。計算された乱雑さの中に人は面白さを感じるから」

 米田には、「何となく」ということがない。なぜだと思うことは徹底的に分析して解を求め、確実に前進していく。山頂を目指し辿り着くと、自ら崩して新たな頂(いただき)を目指す。料理はもちろん料理を取り巻く環境、食とのかかわりが未開発の分野への挑戦と、食の可能性を求めてあくなき意欲を燃やす。

 3年前、ミラノで行われた国際家具見本市にデザイナーとして参加し、大いにインスパイアされたという。

 「家具や壁や照明などでデザインされた空間に、その空間が表わす意味を一口で体感できる料理を置く。1日8000人もの方が訪れました。完璧と思われた空間芸術にも食が埋める隙間があったということです」

 異なるものと接した時に進化は生まれると断言する。ではAIは料理の分野に何をもたらすのか聞いてみたくなった。AIを語れる料理人は米田しかいないかもしれないから。

 「厨房の仕事は失敗の多い分野なんです。人は疲れる。その日の気分もあるし、忙しいとリズムも心も乱れる。クオリティーにばらつきが出やすい。失敗が起きないようにいろいろとシステムを考えるとAIに行きつく。AIは失敗しない、でも新しいものは失敗から生まれる。やがてAIで失敗を防ぐシステムを構築する人と、前例のない失敗をすることができる人に分化されるんじゃないですか」

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