錬金術で儲ける地方
ところが、90年代以降の江沢民時代から今日にかけては、鄧小平時代の分権化の負の遺産を克服すべく財政面で再集権化を指向している。「財政請負制」のため中央政府の歳入が減り、再分配機能が低下して地域間格差が急速に拡大したため、90年代半ばから中央政府財政を強化する「分税制」が導入された。「分税制」とは税目により中央税・地方税・(中央・地方の)共有税と区分することで中央財政収入の確保を目指すものである。近年ではさらに中央政府に有利な改革が加えられ、また当初は中央政府と省レベルのみでの取り決めだったのが、下位政府にまで適用範囲が拡げられてきた。
この「分税制」には、中央政府の歳入増による再分配機能強化というメリットがある一方、中央政府、省政府から安定した税源を確保するため、県、郷レベル政府の税収基盤が脆弱になり、下位ほど財政難が恒常化するデメリットがあった。そこで下位地方政府は分税制の対象外である土地使用権の譲渡益を主要財源とするようになった。
地方政府は都市や農村の住民からただ同然で土地を強制収用し、その土地使用権を(往々にして政府指導者に近い)不動産開発業者に高値で売却して高収益を上げるという錬金術である。挙げ句の果てに潤った歳入で左下写真のような豪華な地方政府庁舎が建設されるなど無駄な公共投資が目につくようになり、元住民による訴訟や陳情が後を絶たず、社会の不満は高まっている。
このほかにも、「地方政府主導型」経済発展はさまざまな問題をもたらしている。たとえば環境問題では、中央政府がいかに先進的な環境法を制定しても、地方政府は経済発展・雇用確保のため、環境対策の不十分な企業にも経営許可を出してしまう。国際河川のある地域では、中国側の上流部で問題が発生すれば、中国外の下流部にも影響が及ぶ。東北部の吉林省では05年に化学工場の爆発事故で、ロシア側アムール川にも汚染物質が大量に流入する問題が発生した。西南部の雲南省ではダム開発のためメコン川の水量が減り、下流域の国々が被害を蒙っている。
昨今では、リーマン・ショックを乗り切るために中央政府が打ち出した4兆元(約57兆円)規模の内需拡大策を受け、「地方融資プラットフォーム」という、地方政府が公共事業を実施するために設けられた投資会社などが大量の資金調達を行い、問題視されるに至っている。並行して、財政規律強化のため禁止されていた地方債の起債も今般認められた。現在、景気の過熱が懸念され、当局は引き締めに向けた調整に入っているが、地方政府の暴走のため巨額の不良債権が生じ、97~98年のアジア通貨危機に起きたノンバンク破綻の再来になりかねない。
ただ、解決策も講じられている。先述の「分税制」の基本的な問題は、中央、省、市、県、郷レベルの5層の政府が存在するため、歳入の政府間分配が難しいことである。そこで、財政問題解決との名分を推進力として、既存の中央─省─市─県─郷の政府システム再編を意図する2つの行財政制度改革が検討・進行中である。1つには末端の郷レベルを県の出先機関に変更することが検討されてきた。近年では、郷鎮の統廃合に加え、郷政府の財政を県政府が管理する改革が進行中である。
もう1つは「省が県を管理する」と称される行財政制度改革である。これは県レベルに上位の市レベルと同じ行財政権限を与えることにより、両者を一元化し、事実上政府の層を一つ減らす改革で、少数民族地区を除く全国で12年中の実現を目指している。既得権を失う市や郷レベルの抵抗もあり、改革の行方は楽観視できないが、いずれにせよこれらを総合すると、中央─省─市・県という3層システムへの再編という構図が浮かび上がる。