大津教授:まず、子どもたちは、難しいことは考えずに、日本語を母語としない人=ALTと触れあうことを楽しめばいいと思います。親御さんは、先述のように担任の先生が英語を担当することへの不安を感じているかもしれませんが、週45分の授業ですからここはたんたんと受け止めてください。そして、小学校で子どもたちは英語「活動」を行っているのであって英語「教育」を受けているわけではない、ということを理解していただきたいと思います。親御さんたちは、「早くから英語に触れていれば使えるようになる」という幻想を抱いている場合が多いのですが、それは間違いですし、どちらにしても今の小学校英語ではそうなりません。
親御さんは、「それでも発音だけは、早くから慣れさせておいた方がよいのでは」と言います。小学校英語、または早期英語教育推進派も、必ず同じように主張しますが、発音は独り歩きできません。つまり、どんなに発音が良くても、話している内容が簡単な挨拶や自己紹介などに限られていれば、それにどれほど意味を見出せるのでしょうか。それが本当のコミュニケーション力と言えるでしょうか。それよりも、子どもたちにある程度ことばに対する感覚と思考力がついた中学生の時点から始める方が、ずっとスムーズに英語を勉強できます。冷静な判断をお願いしたい。
担任の先生は、ぜひ「ことば」という視点を忘れないでいただきたい。外国語に触れれば、母語との違いに「気づき」、言語に共通する基盤にも「気づく」ことができるからです。これが、私が英語活動の代替案として推奨している「ことばへの気づき」活動です。
「ことばへの気づき」とは?
「言語に共通する基盤」とは、例えば、どの言語にも母音と子音があるということや、文を作る際には単語を一列に並べるという方法をとる、ということなどが挙げられます。そして、その共通の基盤の上に、個々の言語という「個性」があるのです。例えば、母音・子音の組み合わせによって音声ができる、ということはどの言語でも共通ですが、日本語には“th”の音はない一方で英語にはある。また、「本を読む」を英語にすると、read a bookとなり、日本語と単語が出てくる順番が違います。このように、個々の言語の個性を知ることは、母語を相対化すること、つまり他言語と比較することによって可能となります。
そういった点で、英語は日本語から「遠い」言語、すなわち構造が大きく異なる言語なので、比較できる点が多く、適役です。しかし、多くの人々は「英語は事実上、世界の共通言語となっているから」英語を扱うべきという意識をもっていて、その利便性の後ろに「言語の共通基盤」「ことばへの気づき」という大切なことが隠れてしまっています。
――そのような「ことば」という視点は、現在の日本の公教育ではほとんど見られません。小学校での英語活動において、子どもに最も害を及ぼす点は何でしょうか。
私が一番心配していることは、子どもたちが英語を「特別視」してしまうことです。小学校時代の体験というのは、子どもたちのその後の成長過程に大きな影響を及ぼすことは、親御さんも担任の先生も十分理解しているでしょう。その時期に、英語という特定の言語だけに触れてしまえば、多かれ少なかれ「英語は特別な言語なんだ」という意識をもつことは避けられないでしょう。だからこそ、そこで「言語には共通の基盤があり、日本語も英語も他の言語も同じ基盤の上にあり、そこには優劣はない」ということを、少なくとも指導する側が意識している必要があります。