使える昭和遺産。私は「ダム活」を提案したい。過去、群馬県の綾戸ダム、真壁ダム、佐久発電所。そこで見たモノは、日本が今持っている未来へと続く遺産でした。
巨大建築「ダム」の耐久性は?
どんな建物にも寿命がありますが、ダムはどうなのでしょうか? 今回、訪れた真壁ダムができたのは、昭和3(1928)年。90年前の建造物です。ダムはちょっとした補修は必要とするにしても、非常に長寿命の建造物なのです。
理由の1つは「基盤強度が高い」からです。ダムは岩盤まで掘り出し、その上に建造されます。岩盤と建造物の間に土砂がないので、滑らない。ダムは、地盤の影響を受けないように作られているのです。
もう1つは「鉄骨が入っていない」からです。あの巨大なダムは鉄筋が入っていないのです。鉄筋コンクリートの建造物の寿命には諸説ありますが、メンテナンスしても100年+α位ではと言われています。これは年月が経つにつれコンクリートの中に空気、水が浸透していくことが原因です。空気(酸素)と水で錆びるわけです。錆びると体積が増加します。
つまりコンクリートが徐々に外側に押されるわけです。コンクリートが一部剥がれ、中から錆びた鉄筋がのぞいているのは、古い家のセメント塀などではお馴染みです。ダムは単なるコンクリートの塊。徐々にコンクリートに水が入ってきますが、鉄などのような、性質が変わるモノは入れていません。その代わり、スリムに作ることはできません。ダムの基底部は驚くほど広く取られます。完成後のダムで、普段見えているのは氷山の一角でしかありません。
さらにコンクリートにも特徴があります。コンクリートは、接合剤の役割をするセメント、骨材と言われる砂と砂利、そして水から成り立ちます。ダムはこの砂利の大きさが大きいのです。砂利が大きいとコンクリートの強度があがります。
こうしてみると、ダムという名前の、人工の巨大な「一枚岩」を岩盤の上に建てているようなものです。長持ちするわけです。
その上、ダムは定期的にチェックされます。主には表層の方から劣化します。水の酸性度が高いと劣化は進みやすいです。日本は火山国で、弱酸性の温泉が非常に多い。このためぬかりなくチェックする必要があります。そしてダムの内側は、予め設けてある「監視廊」を使います。ダム内部のコンクリートの状態と漏水を確認します。外、内双方のチェックでダムの安全は保たれています。
ただし、ダムにはアースダム、フィルダムのようにと主に土を用い作ったダムもあります。主な用途は潅漑用のため池です。こちらの方は、コンクリートダムほどの強度はありません。一般の建造物よりは、強いのですが、東日本大震災時に決壊した例もあります。
水力発電の利
水力発電は、水が高いところから低いところに流れるという、位置エネルギーを電気に変えるものですが、エネルギー変換効率は「90%以上」だそうです。火力が60%、原子力が33%ですから、いかに効率が高いかが分かります。特に日本は、山が多い上に多雨地域。川が多く流れが急という特長を有し、水力発電に特に有利な国土をでもあります。
しかし水を使いたいのは、水力発電だけではありません。飲料にも使いたいし、農業用水として使いです。川魚も捕りたい。観光としても使いたいし、発電にも使いたいというわけです。治水、水利というのは、昔から為政者の大問題でしたが、それは今でも変わりません。水利権は、人間が定住生活をし始めた時から、重要な問題です。
佐久発電所は、群馬県北橘町分郷八崎にあります。高崎市の北、渋川市の南東に位置し、利根川と吾妻川の合流地点より数km下ったところです。水力は位置エネルギーが重要です。高い位置で水を溜め、適量放出して、水車を回し電気を作る形を取ります。すなわち、この高い位置で水を溜めるのがダムの役割です。
佐久発電所の場合、それが「真壁ダム」「真壁調整池」です。しかし、この調整池、申し訳程度の川が流れ込んでいるだけで、その川だけでは大規模な水力発電ができる水の量はありません。どうしているかというと、12km上流の「綾戸ダム」(堤高:14.45mで、15mないため、河川法では「堰」になるそうです)で利根川から水を取り込み、その水を山の中延々12km掘られたトンネルで、真壁調整池に入れ込んでいるそうです。水量は47トン/秒。通常の25mプールが7秒で満水となる量だそうです。
それ以外の水は、利根川に流されます。水利の関係で、河川環境を維持するための最低量(河川維持流量)は決まっており、魚道に0.7トン/秒、本流 3.5トン/秒。利根川は、最低でも常に4.2トン/秒が流れているわけです。冬場とか、47トン/秒を下回る量になる場合もありますが、坂東太郎の異名を持つ利根川だけあって水量は豊富で、夏場の大雨や台風のあとだと100トン / 秒レベルだそうです。
真壁調整池へ向かう水は、トンネルに入る前に、沈砂池で砂を少なくします。昭和3年に12kmのトンネル。その6年後に作られた、当時鉄道用複線トンネルでは最長の丹那トンネルが7.8kmですから、昭和3年の12kmがいかに長いかが分かります。幸い、トンネルが掘れなくなるような断層や弱い岩盤などなく工事は進められたようです。利根川の本流が、地形通り、低くきに流れて行く中、位置エネルギーをキープするというのは、実にすごいことだということが分かります。
しかも東京電力HDが所有するダムは、群馬を5つのエリアに分け、エリアごとに集中操作しているそうです。また水力発電所の運転は、群馬県内1カ所で集中操作するそうです。人が付いているのが当たり前の火力、原子力と、かなり事情が違います。
佐久発電所までの水の動き 〜真壁ダムからサージタンク〜
真壁調整池は、広さは東京ドーム4つ分、水深 約10m位だそうです。作られてから時間が経っているせいか、自然に馴染んでおり、水鳥のたまり場でもあります。
真壁ダムは、この池の端を延々支えているのですが、意識しない限りダムと思わず、単なる堤防としか思つてしまいます。堤高:26.1m(ビル12階建て相当)のなのですが、盛り土がしてあり、道路からだと高さ5m位です。
この真壁ダムの水で発電する佐久発電所には、ユニークな建物があります。サージタンクです。サージタンクというのは、巨大なタワー型のタンクで、水力発電所の手前に設けられます、例えば発電機にトラブルが起きた時、当然、調整池側で水の放出を止めますが、調整池から水力発電所までの間の水は止まりません。この水の水圧を受け止める施設です。真壁調整池から佐久発電所までの距離は約1.3km。その間のある水の圧力を受け止めなければならなからです。
このサージタンクは、建設時期とも大きな関わり合いを保ちます。調整池から発電所までは「水圧鋼管」でつながれています。が、昭和3年の当時、この鋼管に十分な厚みを持たせることができなかったそうです。つまり鋼管が水圧堪えられない。このために、サージタンクが必要だったそうです。
昭和60年代の調整池からの水回りの改築(ダムと違ってパイプなどは鋼鉄製です)時には、水圧を十分受け止めることができる鋼管があるため、サージタンク廃止し、違うレイアウトでの改築の案があったそうです。その際、名物がなくなるのは寂しいという地元の人の声もあったとか…。昔と同じレイアウトで修繕したそうです。目立ち建物で、関越自動車道で、高崎インターをすぎ、昭和インターの近くまで来ると右手に、緑の山間から奇妙な鋼鉄の塔が見えます。高さが75.2m以上あるこのタンクは、航空法に基づく航空障害灯も装備しています。