2024年11月24日(日)

日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2018年6月27日

鴨がネギを背負ってやってきた!

 卒業まであと半年となる2012年のある日。総統の講演会場で顔を合わせた秘書長(李登輝事務所の責任者)から、廊下の隅に呼ばれた。

「卒業したらどうするんだ。台湾に残って仕事をしたい? アテはあるのか?」と矢継ぎ早に質問され、「李総統の仕事を手伝ってみないか?」と誘われた。「それはもちろん望むところだ」と答えたところ、数日後に秘書長から電話がかかってきて「いますぐ、事務所に来なさい」という。

 事務所に到着すると大きな部屋に連れて行かれた。そこは李総統の執務室だった。部屋に入るなり李総統から「早川さん、これから頼みますよ」と声をかけられ、大きな手で握手を求められた。緊張と共に、突然のことで、はっきりとした記憶がない。どこか狐につままれた気分で部屋を出た。その後、詳しい話を聞いて腑に落ちた。日本人秘書は以前から心臓が悪く、そろそろ後任に譲って日本へ帰りたいと思っていたという。そこに鴨がネギを背負ってきたように、私が「もうすぐ卒業です。台湾に残って仕事をしたいですが、まだ仕事は見つかっていません。李総統のお手伝いを出来るなら本望です」と答えたわけだ。

 残り半年の学生生活を終えてから勤務すると思っていたのだが、「採用が決まったのだから、来週からでも来い」という。大学の授業があるときは授業に行ってよい、という待遇だった。前任の秘書の方はすぐにでも仕事を引き継ぎたかったようで、慌ただしくも私の李登輝総統の秘書としての生活がスタートしたのである。

 以来、秘書として仕えるのも今年で7年目となった。この間、2009年で途切れていた李総統の訪日も、2014年以降3年連続で実施することができた。特に2015年には国会議員会館での講演も実現した。日本では安倍政権が長期政権となり、台湾に対して非常に友好的な姿勢を維持しているが、安倍総理と李総統との関係も非常に良好で、それが良好な日台関係に繋がっていることは間違いない。

2015年に開かれた李登輝元総統の国会議員会館での講演風景(写真:筆者提供)

李登輝の言葉はどこからやってくるのか

 李総統の話す言葉は、哲学をベースに広範囲にわたる教養、そしてキリスト教徒としての素養を元となしていることが多い。信仰については、私はクリスチャンではないため、聖書を参考にするくらいしか出来ないが、教養については『善の研究』『衣服哲学』『出家とその弟子』と、岩波文庫を読み漁り、総統の考えに追いつけるべくもないが、その一端を垣間見ようとする努力を続けている。

 李登輝総統に関する書籍については、その生い立ちに焦点を当てたもの、政治的な足跡を辿ったものなど多岐にわたる。しかしながら、李総統の発する言葉が正確かつ明確に理解され、記されているものは数少ない。また、そうした書籍のなかには登場しないものの、側にいる私が内心うなるような言葉を吐かれることもある。幸運にして李総統の側に仕えた人間として、その発言の数々を正確かつ明確に伝えるとともに、世に知られていない言葉を独り占めするのではなく、多くの人々にぜひ知っていただきたいとも願っている。

連載:日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

早川友久(李登輝 元台湾総統 秘書)
1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

  
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