2024年11月22日(金)

安保激変

2018年7月17日

要因(3)朝鮮戦争の終結宣言・平和協定がもたらす影響は?

 板門店宣言では、休戦協定締結から65年となる2018年内に終戦を宣言し、休戦協定の平和協定への転換を経て、朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制を構築するため、南北米3者、または南北米中4者会談の開催を進めていくことが示された。朝鮮半島の平和体制構築については、米朝首脳会談後の共同声明でも同宣言をフォローする形で言及されている。米朝の交渉がどのように進む場合でも、実質的な北朝鮮の非核化にはかなりの時間を要するだろうから、政治的成果を求める各国首脳の思惑が、先に朝鮮戦争の終戦手続きを進めようとする方向で一致する可能性は十分にある。

 終戦宣言はともかく、本来平和協定の締結には、財産請求権や軍事境界線・北方限界線など南北国境の扱い、戦後補償などを含む朝鮮戦争に端を発するすべての和解が含まれる必要があり、こちらも短期間で実現できるものではない。また、在韓米軍が朝鮮半島に駐留する根拠となっているのは、1953年の米韓相互防衛条約であり、朝鮮戦争の状態とは法的には関係がない。この点については、6月28日に行われた米韓国防相会談でも、米韓同盟は北朝鮮との交渉材料ではないとし、現在の在韓米軍の規模・水準を維持することを確認している。

 とはいえ、これらはあくまで建前上の話であり、米韓政治指導部の対北脅威認識の低下を背景に戦争終結に向けたモメンタムが加速すれば、朝鮮半島の米軍プレゼンス・指揮系統は何らかの見直しを余儀なくされるだろう。少なくとも朝鮮戦争が法的に終結すれば、その作戦司令部であった国連軍司令部を維持することは難しくなる。それに加え、三度の中朝首脳会談を経て中国の意向を受けた北朝鮮が、在韓米軍の存在意義を揺るがすべく、この流れを加速させるよう韓国を後押しすることも考えられる。そしてこの流れは、韓国への防衛費負担をネガティブに捉えるトランプ大統領と、米国に対する自律性と自主防衛の強化を志向する文大統領の思惑とも一致し、前述の戦時作戦統制権返還問題とも自ずと連動してくることが予想される。

 朝鮮国連軍が解体された場合、現在横田に所在する国連軍後方司令部も解体される他、国連軍地位協定第5条に基づいて、国連軍参加国に使用が認められている国内7か所の在日米軍施設・区域(座間、横須賀、佐世保、横田、嘉手納、普天間、ホワイトビーチ)は使用できなくなる。現在、豪・カナダ・英軍の航空機と艦艇は、同協定に基づいて在日米軍施設を利用し、日本周辺での北朝鮮の洋上密輸取引(いわゆる「瀬取り」)対処を行なっているが、この取り組みには北朝鮮に対する取締り強化に留まらず、東シナ海周辺における多国軍のプレゼンスを増加させ、中国の海洋進出を牽制するとともに、域外国にその脅威を理解させる意味合いも含まれている。もし国連軍地位協定が失効すれば、米軍以外の外国軍の基地利用には当該国と個別の地位協定を改めて締結する必要が出てくるため、その間の他国軍のスムーズなローテーション展開が停滞することも危惧される。

要因(4)中国にとって、極東の米軍プレゼンスは何を意味するか?

 日本にとって北朝鮮の核・ミサイル問題は、純粋に安全保障上の直接の脅威として捉えるべき問題である。しかし、朝鮮半島有事に備えて展開する在韓米軍・米韓同盟の趨勢や北朝鮮を取り巻く様々な駆け引きは、中長期的な朝鮮半島における中国との「影響圏」をめぐる競争としての側面を持ち合わせている。

 しばしば誤解されるが、在韓米軍に配備されているTHAADは、中国の対米ICBMを迎撃する能力はなく、米中の戦略的安定性に影響を与えることはない。またTHAADに付随するTPY−2(Xバンドレーダー)も、中国内陸部に向けて警戒監視を行うような運用を行う合理性が低いことは中国軍当局も理解している。それにもかかわらず、中国がしきりに韓国へのTHAAD配備に反対しているのは、ミサイル防衛というネットワーク依存性の強い防衛システムを導入することで、韓国が日米の同盟体制に本格的に取り込まれていくことを懸念しているからである。国連軍司令部の解体を通じた多国間連携体制の弱体化、戦時作戦統制権の返還に伴う米軍の指揮統制権限の分散、そして在韓米軍の主力である陸軍はもとより、海空軍の兵站・受け入れ機能の弱体化。これらすべては、朝鮮半島から米国の影響力を排除しつつ、南北双方への政治・経済的影響力を強め、将来の「赤化統一」を見据えるという中国の中長期的目標に適うものだ。

 また在韓米軍が縮小・撤退すれば、朝鮮半島有事に備えて中朝国境に張り付けている北部戦区第79集団軍隷下部隊の一部を他正面、例えば東シナ海や台湾を見据える東部戦区にスイングする余力が生まれる。もっとも、これらの多くは地上部隊であり、東シナ海の島嶼攻略や台湾有事の海空作戦にすぐさま投入できるものではないが、従来それらの整備・維持・近代化に費やしていたリソースを海空軍に振り向けることも可能になるとすれば、在韓米軍を考慮する必要が薄れた場合、北部戦区に駐屯する戦力の「戦略的柔軟性」が高まるといったことは考えられるだろう。

 以上の分析を基に、次稿では今後の朝鮮半島をめぐる情勢がどのような方向に進む可能性があるかについて複数のシナリオを検討し、その上で日本が取り組むべき課題について考えてみる。
 

  
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