2024年11月22日(金)

栖来ひかりが綴る「日本人に伝えたい台湾のリアル」

2018年8月12日

CM打ち切り騒動で蘇る、台湾民主化に命を捧げた人々

 お中元のシーズンが日本のデパートにとっての商機であるのと同じく、台湾でもスーパーなどの小売り商にとって「中元普渡」は夏最大の繁忙期だ。そんな時、台湾の大手スーパーチェーン「全聯」が作ったCMがネットで大炎上し打ち切りになる事件が起きた。CMの中に出てくる黒猫を抱いた青年の「好兄弟」が、白色テロによって殺された疑いのある天才数学者の陳文成氏を暗示する、というのがその理由である。

 「全聯」は、自分たちのCMが政治的な意図をもって解釈されることに遺憾を示し、すぐさまCMの撤回を発表。しかしその後、3日限定でYouTubeで公開されたCMの完全版が多くの人のSNSでシェアされ、更なる話題となった。

 完全版では、日本人らしき母娘、戦後に兵隊で移民してきた老人、件の数学者らしき青年が「身寄りのない霊」を代表して、中元普渡でもてなして貰える事への御礼をそれぞれ日本語/國語(中国の地方訛りのある北京語)/台湾語で述べる。筆者はこの映像を見て、多様な歴史の積み重なりを自らのアイデンティティーとして昇華しようとしている台湾ならではの、台湾でしか出来ない素晴らしい作品と感じた。

 一番目・二番目の人物についても、台北空襲で亡くなった日本人母娘か、はたまた日本人ではなく日本時代に教育を受け同じく白色テロの犠牲者である丁窈窕ではないかとの説や、二番目の訛りのある北京官話を話す老人についても、雷震(浙江省出身で雑誌『自由中国』を創刊した)、殷海光(湖北省出身、台湾戒厳令下の自由主義の父と呼ばれる)、柏楊(河南省出身、自由と人権をテーマに掲げ「台湾の魯迅」と呼ばれた作家)ではないかなど、様々な憶測が飛び交った。

 何も知らずに見ても心をつかまれるし、深読みにも誘われるのは優れた作品である証拠と思うが、むしろ真相がどうかと言うより、あの人かもこの人かもと台湾の今に連なる人々に思いを馳せること、本当はこのような形で亡者たちがこの世に戻って来るのが本来のお盆であり鬼月であるのだということを、この作品のおかげで改めて気づかされた。また現在の台湾にある自由と民主は降って湧いたものではなく、かつてその影に多くの命を懸けた方々がいたことに、台湾の若い方達がこのCMのお陰で興味を持ち始めたことも、とても喜ばしいと感じる。

「死」の存在の身近さが「生」をより際立たせる

 台湾で暮らしていると、「死」の世界を日本よりもずっと身近に感じる。台湾の暮らしの中の「生」がとてもエネルギッシュなのは、そうしたすぐ傍に存在する「死」が生をより際立たせているからかも知れない。今年の中元節は8月25日。この前後に台湾へ旅行すれば、中元普渡の盛大な「拜拜」を台湾のあちこちで見かけることができるだろう。そんな時、この記事を思い起こして、これまで台湾の歴史を作ってきた人々に少しでも想いを馳せていただけると嬉しく思う。

栖来ひかり(台湾在住ライター)
京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。日本の各媒体に台湾事情を寄稿している。著書に『在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし』(2017年、玉山社)、『山口,西京都的古城之美』(2018年、幸福文化)がある。 個人ブログ:『台北歳時記~taipei story』

  
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