解体 ロシア外交

2018年9月6日

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「日本は要らない」というメッセージ

 一方、日本とロシアが進めている共同経済活動には厳しい反応が目立った。北方領土の住民から共通して聞かれた反応が「共同経済活動は、やっても良いが、できなくても構わない。ロシア政府の下で北方領土は十分発展している。日本の支援は不要だ」というものであった。

 「日本は要らない」というメッセージは、北方領土で見せつけられた当地の発展からも突きつけられたと感じている。実際、現地の新聞社『ナ・ルーベジェ』編集長のキセリョフ氏(前篇参照)から、当局は、日本人が北方領土を見て「ひどい、かわいそうだ」と思われないように、気合いを入れて近代化をした成果を日本人に選りすぐって見せているのだという話を聞いた。

 実は、北方領土では自由に動くことはできず、目と鼻の先の距離でも必ず車で移動させられた。そのため、日本に北方領土を諦めさせるために「近代化した良いところ」だけを見せつけて、実は、見せられたところ以外はインフラ整備もままならず、惨状が広がっているのではないかという疑念も持たざるを得ない。それでも、これらの近代化が日本から北方領土が遠のいたというメッセージとして機能していることは間違いないと思う。

根室からも肉眼で見えるにもかかわらず、北方領土が日本から「遠く」なっていることは否めない

親日的だった色丹島、今はすっかりロシア化

 さらに、北方領土に複数回訪問している方の話では、これまで少なくとも色丹島は親日の雰囲気が強くあったが、色丹島もすっかりロシア化してしまったということである。

 ただ、色丹島については、1956年の日ソ共同宣言で平和条約締結後に歯舞群島・色丹島を日本へ引き渡すことが明記されていたこともあり、近年まで、日本に返還される可能性が現地ロシア人の間でかなり現実的に考えられていたようである。例えば、2016年12月のプーチン大統領の訪日直前には、日本に返還されたら、日本から補償金がもらえる(その補償金の金額については人によってかなり幅があったという)という噂が広まっていたというが、同訪日で領土問題に動きがなかったことで、日本への返還についての話は一気に現実味を失ったという。とはいえ、現在ですら、現地ロシア人の中には日本から補償金がくるかもしれないので、島から出たいがもう少し様子をみると話しているものもいるという。

 また、エリツィン時代には、ロシア側が北方領土返還をかなり現実的に考えていた様子も住民からの話から見えて来た。1994年10月の北海道東方沖地震は北方領土にも壊滅的な被害を与えたが、その際、ロシア政府は、本土に1260戸の住宅を確保し、被災者を住まわせたという。特に、当時のエリツィンの側近たちの中には、日本に歯舞、色丹を引き渡そうとしていたため、住民を本土に移住させることで、島を空っぽにして返還を容易にしようと考えていた者もいたという。しかし、移住に強制力はなく、住民は去らなかったのだという。

 実際に、地震の際に本土の住宅を政府からもらったという国後島生まれの女性の話も聞いた。その人によれば本土の至る所に住宅が準備されたが、特に多かったのがカリーニングラード、ボルゴグラード、沿海州などだったそうだ。彼女の家族はカリーニングラードとボルゴグラードの家をもらったが、ボルゴグラードにはしばらくいたものの、国後島に戻ったという。しかし、供与された家の返還義務はないので、カリーニングラードとボルゴグラードの二つの家を維持しつつ、休暇などに利用しているそうだ。エリツィン時代のことであり、かつロシア中枢の一部の人間の考えにすぎなかったとはいえ、2島返還の準備がエリツィン時代になされ、そのことをも理解していた事は興味深い事であろう。

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