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2018年9月27日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

最高裁判事指名は〝政治問題〟

 ふたつのセクハラ疑惑における共通点は、訴えられたのがいずれも最高裁判事候補、承認阻止が告発の目的であること、両ケースとも告発者が大学教授、そして訴え出るまでいずれも長い年月が経過しているーなどだ。

 告発者がいずれも大学教授であるのは偶然だろう。告発まで長いブランクがあるのは、事を荒だてるのを避けようと、トラウマに耐えてはきたものの、加害者が重要ポストに就くとわかって、義憤、公憤を押さえられなかったとすれば理解できる。実際、カバノー氏の疑惑を訴え出たフォード教授は「市民としての責任」と動機を語り、トーマス氏に対するヒル教授も当時、同様の説明をしていた。

 告発されたのが2人とも最高裁判事候補だったというのは偶然とはいえまい。そのポストに指名されたから疑惑を暴露されたのだ。

 政治家や政府関係者のセクハラ疑惑は、米国においても決してまれではない。昨年だけで上下両院の議員3人がそうした理由から辞職に追い込まれている。しかし、それらは多くの国民が眉をひそめさせたにしても、大問題に発展したわけではなかった。

 最高裁判事となるとそうはいかない。それだけ重要なポストであり、並の連邦議会議員などよりも、その人事に対する国民の関心も強い。

 米国の最高裁は、国民の間で賛否が分かれる政治、社会的な問題をめぐって、しばしば違憲か合憲かの判断を下す。人工妊娠中絶、同性結婚、環境問題などで、最近では今年6月にイスラム系の国からの移民規制について合憲の判断を示し、論議を呼んだ。

 多民族、異なる人種、さまざまな宗教などから社会が構成され、個人の価値観もそれだけ多様化しているなかで、政治的論争が国を2分する対立に発展、最高裁に決着が持ち込まれることは少なくない。米国と同様に違憲立法審査権ありながら、「一票の格差」などを除けばほとんど憲法判断を行わない日本の最高裁とは大いに異なる。

 そういう事情があるから、米国では最高裁判事の指名に当たっては、法律家としての経歴、手腕に加え、政治的な立場が重視される。リベラルか保守か中道かー各判事がどのような立場で、どのような見解を示すかによって違憲、合憲が決まり、政府の政策遂行にも大きな影響をもたらすからだ。

 現在の判事の顔ぶれは、引退したカバノー氏の前任者を除くと、リベラル、保守がそれぞれ4人(保守派のうち1人は中道の立場をとることがある)。カバノー氏は保守派だから、氏が就任すると保守勢力が有利になる。

 米最高裁判事の指名は単なる裁判官の任命ではなく、政治問題でもあり、国民の間でも賛否が巻き起こるのは当然のことだ。

 9月4日に上院司法委員会で開かれたカバナー氏の第1回指名公聴会で、承認に反対する市民団体のメンバーが委員会室に乱入、大声をあげるなどして退場を命じられた。一方、氏を告発した女性教授は殺害予告を含む脅迫を受けていると伝えられ、指名承認をめぐる国民の議論の激しさが伺える。

 総選挙の際にあわせて行われる最高裁判事の国民審査がほとんど関心を呼ばない日本とは、これまた大いに違う。

 そういう事情があるから、セクハラ疑惑などがからむと、指名承認をめぐる論議はいっそう複雑な様相を呈してくる。それがまさに現在のカバノー指名承認をめぐる状況そのものなのだ。

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