西山隆行が読み解くアメリカ社会

2018年10月9日

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西山隆行 (にしやま・たかゆき)

成蹊大学法学部教授

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房)、『アメリカ政治』(三修社)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会)、5月に『アメリカ政治講義』(筑摩書房)が刊行予定。

 このような要求をする人々に対し、共和党の男性政治家の一部は、感情を逆なでする態度をとった。トランプ大統領は、暴行を告発した女性を揶揄する発言や態度を繰り返した。また、あるレイプ被害経験者が徹底した疑惑解明を求めてリンジー・グラハム上院議員に語り掛けたのに対して、グラハムはエレベーターに駆け込みながら、「あなたは警察に相談すべきだった」と切り捨てた。これらの態度は誠意に欠けるものと見なされ、リベラル派と民主党の更なる反発を招いた。

 他方、保守派と共和党の側にも、リベラル派や民主党に対する不満はあった。問題とされている暴行疑惑はカバノーが17歳の時のものであり、法的な意味では時効が成立している。そのような昔に暴行を行っていないという証拠を示すのは、一般的には困難である。推定無罪の原則を強調し、また、犯罪者に更生の機会を与えるよう主張する傾向の強いリベラル派が、この事例に関してはカバノーを徹底的に批判したことは、保守派と共和党にとってはダブルスタンダードに映ったのである。

 さらに、カバノー自身の行動も、党派的だった。指名承認を審議する上院司法委員会の公聴会に出席した際、カバノーは、民主党と左派の活動家が2016年のトランプ勝利の仕返しをしようとしていると発言したり、質問者を挑発するような逆質問をしたりした。また、カバノーは自らが中立的で最高裁判事に適任だと主張するために、ウォール・ストリート・ジャーナルに原稿を発表し、フォックス・ニュースにも出演した。このようなメディアへの露出は、それ自体が通例では考えられないものだが、カバノーが選んだのが保守派メディアだったことが、党派対立を激化させたのだった。

重要争点、世界的な傾向に逆行する判決の可能性

 では、カバノーの就任に伴い、今後、最高裁判決はどのようになると予想されるだろうか。

 歴代の判事のうち、例えばパウエルやサンドラ・デイ・オコナー、今回引退を表明したアンソニー・ケネディらは、保守派ながらも争点によってはリベラル派判事と同じ立場をとるという柔軟な態度をとっていた。だが、以後の最高裁判事はいずれも、自らを指名した大統領と政治的態度を同じくしており、その立場は保守かリベラルに明確に分かれている。

 以後、連邦最高裁判事の中で中間的立場に立つことになるのが、ジョン・ロバーツ長官である。彼はこれまで、保守・リベラルが対立する争点では一貫して保守的な評決を下してきた。もっとも、ロバーツは最高裁判所の正統性を保つためにも判例をことごとく覆すのは好ましくないと考えているといわれ、今後は論争的かつ世論が判例の変更に強い賛意を示さない争点を取り上げないようにするのではないかとの予測もある。

 だが、判例を変更して現状を変革したいと考える人々は、連邦最高裁判所が論争的な争点を取り上げざるを得ない状況を作り出そうと試みるのではないかとも予想されている。例えば、保守的な州を中心に、州最高裁判所が、論争的な争点についてあえて連邦最高裁が出した判例を覆す判決を出せば、連邦最高裁もその事件を取り上げざるを得なくなる。このようになれば、ロバーツを含む保守派判事5名の判断に基づいて、判例が変更される事態になると予想される。

 以後、人工妊娠中絶、同性婚、銃規制、積極的差別是正措置、環境保護などの重要争点について判例が変更される可能性がある。人工妊娠中絶が禁止され、2015年に認められたばかりの同性婚が否定され、銃規制や環境保護規制が緩和されるというような、世界的な傾向に逆行する判決をアメリカの最高裁判所が出すという衝撃的な展開がみられる可能性があるのである。以後の最高裁判所の動向に注目する必要があるだろう。

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