「人生100年時代」という言葉をよく耳にするようになった。社会の超高齢化が進むにつれて、老いた親を看取る立場で、あるいは自らが看取られる将来を見据えて、成年後見制度の選択を考える人々が増えている。成年後見制度は、認知症などで判断力が不十分となり自活できなくなった本人の家族などが、家庭裁判所に申立てて選任されれば、成年後見人として家裁の監督下で、本人である被後見人の財産管理や身上監護を担うことが可能となる。
最高裁判所事務総局家庭局によると、成年後見人に準じる保佐人となる例などを含めた総計が21万290人(2017年12月末)。同年、成年後見人などへの新規選任は3万5673件だった。このうち弁護士が7967件、司法書士9982件で、加えて4412件は社会福祉士。この3つの「専門職」が成年後見人などの約63%を占め、親族後見人を大きく上回っている。
現実に近親者が就任した場合も、その規定と運用は余りにも法曹本位の杓子定規であり、制度を利用したがために、支援を得るどころか逆に苦しめられる境遇に陥る人が少なくない。ここに、そうした苦闘の実例を詳しく報告する。
母が認知症に
名義分有の借金2億円超
東京消防庁の消防士長だった百沢力(ももざわ ちから)(62歳)の母・トシ子は、所有する土地建物の貸付で得る賃料で生計を立ててきた。ところが65歳となった1996年ごろから物忘れや徘徊が始まり、翌97年1月には脳梗塞を発症、やがて認知症と診断され、百沢夫妻はトシ子を介護老人保健施設に入所させた。
「母の稼業である不動産賃貸を畳んでいくしかない」と、百沢力は覚悟した。トシ子が所有する主要な不動産の一つは、故郷の福島県いわき市に遺産相続で得た約2000平方メートルの駐車場で、もう一つは、金融機関が融資を競い合ったバブル経済期の89年に、トシ子夫妻が信用金庫から約2億2000万円を借りて東京都豊島区に建設した3階建てのマンションであった。
このマンションの所有権も、その建設ローンの残り元利計2億円超も、トシ子の2に対し、亡父の遺産を相続した百沢が1という比率になっていた。「新築当初、満室に近い状態だったが、年を経るごとに空き室が増え、さまざまなリフォーム出費が求められるようになる。税負担もあり、このマンションの家賃収入だけでは毎月70万〜80万円の借金返しができなくなっていた」と、百沢は当時の経済苦境を吐露する。
物件を売って債務を片付けなければならない。そのために百沢自身の法的な地位を固めておくべきだと考えた。トシ子から、遺産分与を受けるに当たり苦労した身内同士の紛糾の体験談をさんざん聞かされていたこともあり、98年10月東京法務局所属の公証人による「遺言公正証書」への署名押印にこぎ着けた。証書には「遺言者は、その所有する財産の全部及び負債の全部を、遺言者の長男百沢力に相続させる」と明記してある。
その1カ月余り前、トシ子は百沢夫人のために一筆したためてくれていた。「私、百沢トシ子は、百沢○○さん(注:妻の名前)へ私が動けない代わりに、福島県いわき市の土地及び豊島区のマンション管理のため、働いてくれた給与として、月8万円払います。 平成10年9月1日 百沢トシ子」。認知症となっても、身近な人への思い遣りは連綿と湧いていたのだ。