2022年12月9日(金)

公立中学が挑む教育改革

2018年10月31日

»著者プロフィール
著者
閉じる

多田慎介 (ただ・しんすけ)

ライター

1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。著書に『「目的思考」で学びが変わる 千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦』(ウェッジ)。

「子どものSOS」を見抜く方法

 現在のところ、全員担任制は生徒や保護者にとって理想的な方法であるように見える。一方で、当事者である教員の間に戸惑いが広がったり、負荷が高まったりするようなことはないのだろうか。

「事務的な引き継ぎ事項に漏れが生じたことは何度かありましたね。『1週間以内に集めたい』という提出物があったとして、固定担任なら自分で継続的に管理できますが、全員担任では同じようにはいきません。週をまたいで担任が変わると、こまかな引き継ぎが抜けてチェックできなくなるというミスもありました」

 前回記事で紹介したテスト改革と同様に、これも「やってみて初めて分かる」教訓だったのかもしれない。1学期ではこうした課題が明らかになったため、2学期以降は業務ごとに担当を決め、漏れなくチェックする工夫を取り入れたそうだ。

「教員の負荷という面では……どうでしょう。『歳を取るに連れて名前を覚えられなくなるんだよなぁ』とぼやく教員はいますね(笑)。私たち教員は、自分のクラスを持つとたいてい3日もあれば生徒全員の名前と顔を一致させられるようになります。それが全学年になるので、大変といえば大変ですよね」

 苦労を笑い話に変えながら、「自分のクラスの子だけ接するよりも、たくさんの子たちと接するほうが面白いに決まっていますよ」と言い切る。そんな小林氏は、「子どものSOSのサインを見抜くのがうまい」と評され、工藤氏から全員担任制の鍵を握る教員として期待されている。

「何かに困っている子は、表情を見れば分かります。嫌なことがあった子は必ず目線が下がっているんです。朝から明らかに機嫌の悪そうな表情をしている子がいれば『家でケンカをしてきたのかな?』と気にかけます」

「普段は丁寧な子なのに、ちょっとした仕草が雑になっているようなときも気にして注意深く見るようにしていますね。子どもの変化は、大人よりも正直に表れるんですよ」

 登校してきた生徒全員の顔を見渡す。休み時間などに1人で過ごしていたり、誰かとケンカをしていたりする様子もそっと見守る。生徒一人ひとり、声をかけるべきタイミングも、何を言ってあげるべきかも違う。そんなことも日々、教員同士で学び合っているのだという。

若くてもベテランでも、誰でも変われますよ

 麹町中学校歴13年の大ベテランである小林氏には、もう一つ聞いてみたいことがあった。工藤氏が校長となってから、学校はどのように変わっていったのか。すると小林氏からは意外な答えが返ってきた。

「私自身が大いに変わったように思います。もともと私は生活指導に人一倍うるさい教員で、生徒には校則を守るようガミガミ言い続けていました。『学校で決められている規則だから守るべきだ』と頑に思っていたんですよね。

 でも工藤校長が来て、いろいろと会話をするようになって、決められた規則を守らせることが第一ではないんだと思うようになったんです。ある日、私がガミガミ指導しているのを見た工藤校長から、『そんなの、声を荒げて怒ることじゃないでしょ?』と言われたんですよ(笑)。

 最も大切なのは生徒の命に関わること。服装がどうとか、忘れ物が多いとか、授業に身が入りきっていないとか、それも大切なことではあるけれど、教員として最優先すべきことは何かを忘れないでほしいというメッセージだったのだと思います」

 子どもたちが大人へと育っていく過程で、教員が認識するべき優先順位とは何か。それを工藤校長は明確な理念とともに示したのだった。最上位の目標を共有すること。それはベテラン教員にも新たな気付きを与えた。

「工藤校長の理想がはっきりしていたから、今までにはない斬新なやり方を示されたときにも『まずはやってみよう』と思えたんです。やってみて、ダメなら戻せばいい。最上位の目標に立ち返って、またやり直せばいいのだと」

 若くてもベテランでも、どんな先生がいる現場でも、変われると思いますよ――。そう小林氏は締めくくった。

 

▼連載『公立中学が挑む教育改革』
第1回:「話を聞きなさい」なんて指導は本当は間違っている
第2回:対立は悪じゃない、無理に仲良くしなくたっていい
第3回:先生たちとはもう、校則の話をするのはやめよう
第4回:教育委員会の都合は最後に考えよう
第5回:着任4カ月で200の課題を洗い出した改革者の横顔
第6回:“常識破り”のトップが慣例重視の現場に与えた衝撃
第7回:親の言うことばかり聞く子どもには危機感を持ったほうがいい
第8回:保護者も学校を変えられる。麹町中の「もうひとつの改革」
第9回:社会に出たら、何もかも指示されるなんてことはない
第10回:人の心なんて教育できるものではない(木村泰子氏×工藤勇一氏)
第11回:「組織の中で我慢しなさい」という教育はもういらない(青野慶久氏×工藤勇一氏)
第12回:「定期テスト廃止」で成績が伸びる理由
第13回:なぜ、麹町中学は「固定担任制」を廃止したのか
第14回:修学旅行を変えたら、大人顔負けの「企画とプレゼン」が生まれた
第15回:「頑張る」じゃないんだよ。できるかできないか、はっきり言ってよ​
第16回:誰かと自分を比べる必要なんてない(澤円氏×工藤勇一氏)
第17回:失敗の蓄積が、今の自分の価値を生んでいる(澤円×工藤勇一)
第18回:
教育も組織も変える「魔法の問いかけ」とは?(澤円×工藤勇一)
第19回:「言われたことを言われた通りやれ」と求める中学校のままでいいのか(長野市立東部中学校)
第20回:生徒も教職員も「ついついやる気になる、やってみたくなる」仕掛け(長野市立東部中学校)

多田慎介(ライター)
1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る